企業価値」の全体をホールケーキに例えてみる

言い換えれば、会社(ケーキ)は誰のものか、という問題は、「ホールケーキにどうやってナイフを入れてこの3者に配るか」ということを意味します。実際には、従業員や取引先など、営業活動上のステークホルダーも重要な役割を担うことはいうまでもありません。しかし、ファイナンスの理論上はこの3者が会社の価値の分配を受けることになります。

このうち、「A:国家」の取り分は、「税法」に基づき粛々と決められます。(税務当局と毎年戦う「豪の者」ももちろんいますが、通常はお上を相手にしたら黙って上納するしかありません。)また、「B:債権者」の取り分は、基本的に「元本の返済」となります。AとBが取り分を取って、残ったケーキがC:株主の取り分、すなわち株主価値になります。

こうして考えると、企業価値(ホールケーキ全体の大きさ)と株主価値(自分が食べられるケーキの大きさ)を混同したまま、交渉したり協議することはそもそもできないことが直感的に理解できます。特に、買収協議の初期段階では、まだ対象会社の有利子負債額や現預金残高、繰延税金資産/負債、繰越欠損金の有無などがわからないことがほとんどです。そのような状態では、「Cの株主に残されるケーキの大きさについては判断しようがない。」というのが実務での一般的な状況で、まずは、ケーキの大きさ(企業価値)をしっかり議論することが重要です。

この「ケーキの大きさ」を議論するのに有用なひとつの指標が「EV/EBITDA倍率」です。買収協議の初期段階では、そもそもフリーキャッシュフローが厳密に計算できるだけの十分な情報がないことがほとんどです。これに対して、EBITDAは、税引き前利払い前償却前利益になりますので、前述の3者すべてに帰属し得る利益と捉えることができます。そこで、EBITDAを疑似的に簡易なキャッシュフロー指標と見做すことで、ケーキの大きさについて初期的な討議をすることが可能になります。

つまり、ケーキの大きさが、このEBITDA(多くの場合は今期予想EBITDA)の何倍あるのか、を他の類似上場企業などを参考にしながら議論することが可能になるわけです。M&Aの初期段階でEBITDA倍率がひとつの指標になるのはこうした理由からです。

このような「企業価値をベースにした買収価格」のことを、英語ではDebt Free Cash Free Valueといいます。