【M&A判例】村上ファンド事件から学ぶ「インサイダー取引」とは

alt

インサイダー取引に該当する要件が問われた「村上ファンド事件」最高裁決定(平成23年6月6日)

株式公開買付け(TOB)などのM&Aを実施する際、情報を知っている内部関係者が公表前に株式の売買を行うと不正な利益を認める結果となります。そこで金融商品取引法(旧証券取引法)は、こうした「インサイダー取引」を禁止しています。

かつて村上ファンド元代表の村上世彰氏がインサイダー情報をもとにニッポン放送株を大量に取得し、証券取引法違反に問われた事件が発生しました(村上ファンド事件)。この事件で村上氏は起訴され、裁判は最高裁まで持ち込まれ、「どういったケースがインサイダー取引に該当するのか」判断されるに至りました。

今回は「公開買付等を行うことについての決定」の意義について判断した最高裁決定の内容や原審判断との違いについて解説します。

村上ファンド事件の争点

村上ファンド事件で特に問題になったのは、旧証券取引法(現在は金融商品取引法に同様の規定があります)で定める「公開買付等を行う決定」の意義です。

現在の金融商品取引法は、以下のような取引を「インサイダー取引」として禁止しています。

・上場会社等の重要事実を知って行う取引
・公開買付け等の事実を知って行う取引

具体的には、金融商品取引法の166条(会社関係者の禁止行為)、167条(公開買付者等関係者の禁止行為)、167条の2(未公表の重要事実の伝達等の禁止)などで規定されています。

村上氏は「ライブドアがニッポン放送株を大量に購入する予定があること」を知る立場にありながら、その情報を利用してニッポン放送の株を大量に買い付け、多額の利益を得ました。

重要事実を知る立場にある人が、情報公開前に株式の売買を行うと不正に利益を得る結果となるため(株式の売買は)禁止されています。

そこで本件では「ライブドアにおいてニッポン放送株を買い集める決定」が、旧証券取引法(現在の金融証券取引法)の規定する「公開買付け等(議決権5%以上を買い集めること)を行うことについての決定」に該当するかが争点となりました。

関連記事はこちら
どこからどこまで?インサイダー取引の線引きとは
インサイダー取引に関して業務提携等(重要事実)の決定時期が争点となった裁判例

参考判例~日本織物加工事件~

実は村上ファンド事件の前に、インサイダー取引における「公開買付け等を行うことについての決定」の意義については「日本織物加工事件」において判断されていました。

これは日本織物加工株式会社がある会社と第三者割当増資を行う合意をして新株発行の決定をしたところ、相手社の監査役が日本織物の株式を買い付けた事案です。

最高裁は「株式の発行を行うことについての『決定』とは、株式の発行や株式発行に向けた作業等を会社の業務として行う旨を決定したことをいうもので…株式の発行の実現を意図して行ったことを要するが『当該株式の発行が確実に実行されるとの予測が成り立つことは要しない』」と判断しました(最高裁平成11年6月10日判決)。

つまり株式発行が「確実に実行される予測までは不要」で、「実現可能性がある」という程度であれば「決定」といえると判断されたのです。

村上ファンド事件の経過

第1審判決(東京地裁平成19年7月19日)

村上ファンド事件において、第1審の東京地方裁判所は日本織物加工事件の判断枠組みを踏襲し「公開買付け等を行うことについての決定」といえるには「公開買付け等の実現を意図して行ったことを要する」が「当該公開買付け等が確実に実行されるとの予測が成り立つこと」は要しないと判断しました。

つまり「実現可能性が全くない場合は除かれる」けれども「(可能性の)高低は問題とならない」すなわち「少しの実現可能性さえあれば、確実に実行される予測は不要で『決定』があったと認められる」と判示したのです。

この判断内容からすると、実現可能性が極めて低い場合でもインサイダー情報に該当する可能性があり「規制対象が広くなりすぎるのではないか」という批判が生じました。

村上氏は判決内容を不服とし、控訴しました。

控訴審判決(東京高裁平成21年2月3日)

控訴審は「公開買付等の決定にかかる内容が『確実に行われる』という予測」までは不要であるが「相応の実現可能性が必要」と判断しました。

つまり原審のように「何らかの実現可能性さえあればよい」のではなく「それ相応の実現可能性」が必要としてインサイダー取引の「決定」に該当する要件を限定したのです。

この東京高等裁判所の判断は、インサイダー取引の規制となるケースを適正範囲に狭めるものとして肯定的に受け止める評価が多数みられました。

最高裁決定(平成23年6月6日)

村上氏が上告し、判断は最高裁判所へ持ち込まれました。

最高裁はインサイダー取引にいう「決定」について「公開買付け等の実現を意図して、公開買付け等を会社の業務として行う旨の決定がされれば足り『実現可能性が具体的に認められることは要しない』」と判断しました。つまり「実現可能性に相応の根拠が必要」とした高裁の判断を否定したのです。

最高裁の解釈は「実現可能性の高低を問わない」とした第1審の判断に近いものとなりました。

結論的に村上氏の行為はインサイダー取引に該当すると判断され、判決では村上氏個人に対し懲役2年・執行猶予3年と罰金300万円の併科、追徴金11億4900万6326円の支払い、ファンド運用会社に対しては罰金2億円の刑が科されました。

村上ファンド事件の決定の評価と実務への影響

村上ファンド事件の最高裁決定に対する評価

村上ファンド事件では、第1審が「実現可能性の高低は問わない(何らかの可能性さえあれば決定に該当する)」と判断したのに対し、東京高裁が「それ相応の実現可能性を要する」としてインサイダー取引へ該当するケースを限定しました。高裁の決定は1審に比べて投資判断への萎縮的効果を軽減するものとして、世間で肯定的に受け止められていました。

しかし最高裁は「相応の根拠が必要」とする高裁の判断を否定して地裁の判断に近づくものでした。これをみると、インサイダー取引規制が広がりすぎて、M&Aなどの実務における萎縮的効果が発生するのではないか懸念すべき状況ともいえます。

ただし最高裁の決定も、公開買付等の「実現可能性」の程度についての考慮をすべて否定するものではありません。「公開買付け等の実現可能性がほとんど存在しない場合」には「決定」に該当しないと判断されているからです。

また高裁の示した「それ相応の実現可能性」という要件については「それ相応」の意味内容が不明確である問題を残すものでした。最高裁の決定は「それ相応」という不明瞭な要件を撤廃することにより、むしろインサイダー取引の規制範囲を明確化したともいえます。

今後の投資実務への影響や対処方法

村上ファンド事件の最高裁決定により、少なくとも「インサイダー取引」に該当するために「具体的な実現可能性」までは必要とされないことが明らかになりました。

また、代表者や取締役、監査役などがM&Aの情報を知っている(または取り扱っている)場合、情報公開前に株式を売買するとインサイダー取引になる可能性があります。

たとえば、新株発行や公開買付けなどのM&Aが実施される予定がある場合、早期の段階で「調査決定したにすぎない」程度であっても、状況によっては「インサイダー情報」に該当する可能性があります。つまり、M&Aがさほど具体的でない状況であっても、立場上情報を知ることができるものが先行して投資を行うと金融商品取引法違反に問われるリスクが発生します。

最高裁決定後、平成26年の改正金融商品取引法で、第三者に利益供与を目的とした「情報伝達行為」や、株式の売買を勧める「取引推奨行為」を禁止する規定が設けられました。

M&A情報を取り扱う者は特に対外的な発言は控え、インサイダー取引に抵触しないか十分注意するようにしましょう。

文:福谷陽子(法律ライター)/編集:M&A Online編集部

慣習に倣い、文中の判例は全て和暦で表記しております

福谷 陽子 (ふくたに・ようこ)

法律ライター 元弁護士

京都大学法学部卒業
10年の実務経験を積んだ後ライターに転身し、現在は各種法律記事を中心に執筆業を行っている。弁護士時代は中小企業法務や一般個人の民事事件を中心に取り扱っており、その経験を活かし法律ライターとして活躍中。


NEXT STORY

旧村上ファンド系投資会社を撃退した買収防衛策「クラウンジュエル」とは

旧村上ファンド系投資会社を撃退した買収防衛策「クラウンジュエル」とは

2021/03/08

旧村上ファンド系投資会社のシティインデックスイレブンスが日本アジアグループに対して実施していたTOB(株式公開買い付け)を撤回した。理由は日本アジアが発表した特別配当の実施。「クラウンジュエル」と呼ばれる買収防衛策だ。