非上場株式の株価をどう判断するのか

「マープ」のサービス名で知られるかつら製造販売のアートネイチャー<7823>が「非公開会社」であったときに代表者や役員に対して自己株式処分や新株発行を行い、その経緯について株主が問題視した事件がありました。

上場を果たした後の株主が、非公開会社時代に行った自己株式処分(株式譲渡)や新株発行(第三者割当)を「違法」として訴えたのです。

非公開会社の場合、上場していないので市場株価がありません。今回は、非上場株式の評価について最高裁まで争われためずらしい判例「アートネイチャー事件」をご紹介します。

1.アートネイチャー事件の概要

アートネイチャーは、平成19年2月14日に上場した会社です。上場後、アートネイチャー株を購入した株主が、非公開会社時代の以下の2つの取引を「不正である」と指摘しました。

・平成15年11月頃、会社の代表者へ1株1,500円で自己株式を譲渡した
・平成16年3月頃、経営者や幹部へ1株1,500円で新株発行(第三者割当)を行った

株主は「1株1,500円は著しく低い『不公正な価額』であり、代表者や経営陣が不正な利益を得て会社へ損害を与えた」と主張して、アートネイチャー社長らへ計22億5千万円もの返還請求をしました。

裁判では、非公開会社であったアートネイチャーによる自己株式処分や新株発行が「不公正な価額」によって行われたものかどうかが問題となりました。

2.自己株式処分は妥当と判断

裁判所は、1審、控訴審、最高裁ともに「自己株式譲渡(処分)の価格には問題がなかった」と認めています。

アートネイチャーは当時非上場であったため、自己株式処分に先立って公認会計士に株価算定を依頼しています。算定結果は配当還元法により、「1株あたり1,500円」とされました。

この自己株式処分の目的は「会社が同族会社と認定されるのを回避するため」であり、「実質的には代表者が以前1株あたり1,500円で会社へ売却した株式を、同額で買い戻しただけ」と判断しました。

また、「株式取得から処分まで1年程度しか経っていなかった」などの事情を根拠として、1株あたり1,500円という算定結果は「妥当である(不公正でない)」と判断されました。

3.アートネイチャーが実施した新株発行の価格

一方で、この事件で大きな問題となったのは「新株発行」の価格です。

新株発行が行われた平成16年3月時点において、アートネイチャーの業績は好調でした。実態として株式価値は1株あたり1,500円を大きく超えており、経営者や幹部らへ「特に有利な発行価額(不当に有利な価額)」で発行されたのではないかと問題視されたのです。

〇アートネイチャー事件の経緯(まとめ)

年月内容
平成12年5月1株10,000円とする新株引受権付社債(ワラント債)を発行
平成13年頃業績不振による役職員の退職が相次ぎ、退職者が保有するアートネイチャー株の買い取りを求められたため、代表者が1株1,500円で引き取る。その後、取得した代表者の保有株式をアートネイチャー社が取得する(自己株式の取得)。
平成15年11月 業績悪化に伴い、アートネイチャー株を代表者に対して1株1,500円で売却。公認会計士に株価算定を依頼し、配当還元法により1株1,500円という算定結果となった。
平成16年3月 役員らに対して第三者割当を実施。株主総会の特別決議を経て1株1,500円で新株を発行した。このとき株価算定は依頼しなかった。
平成18年3月 業績好調で増収増益に。1株9,000円で新株を発行
平成19年2月 ジャスダック(JASDAQ)に新規上場。初値は7,000円。
平成25年12月 ジャスダックから東証一部に市場変更

公表資料よりM&A Online編集部作成

3-1.地裁と高等裁判所の判断

1審判決(東京地裁平成24年3月15日)と控訴新(東京高裁平成25年1月30日)は、以下を根拠に「特に有利な発行価額」であると認め、代表者や経営陣に対し、株主らへ計2億2千万円の支払い命令を下しました。

・非公開会社の新株発行における公正価額は、新株発行当時の会社資産や収益状況等の事情を考慮して、ケースに応じた方法によって判断すべき
・アートネイチャー社は平成12年5月時点で1株あたり1 万円程度、平成18年3月時点で 1株あたり9,000円程度の株式価値を有していた
・アートネイチャー社は平成 19 年 2 月に上場するまで赤字になったり債務超過になったりした経緯はなかった
・平成16年3月当時、含み損を抱えてはいたが業績回復の道筋をつけつつあった
・平成16年3月当時の公正な株式価額は、少なくとも1株あたり7,000円を下らない

3-2.最高裁の判断は

地裁と高裁は、公正な価額である7,000円と実際の発行価額である1,500円の差額 5,500円を1株あたりの算定基準とし、計2億2,000万円の損害賠償命令を出しました。

しかし、最高裁判所の判断は原審と異なるものでした(平成27年2月19日)。

最高裁は、以下のように述べて本件の新株発行価額が「特に有利な発行価額ではない」と判断したのです。

・上場会社の株価算定には様々な手法があり、どのような場合にどの計算方法を用いるべきか明確な判断基準が確立されていない
・それぞれの評価手法において、幅のある判断要素が含まれている
・取締役会が、新株発行当時、客観的資料にもとづいた合理的な算定方法によって発行価額を決定していたならその判断を尊重すべき

その上で、アートネイチャー社では新株発行の4か月前に決算書等の客観的資料にもとづいて公認会計士の配当還元法による株価算定が行われて「1,500円」と決定されたことに鑑みて、「特ニ有利ナル発行価額には当たらない」と結論づけました。

また、最高裁はアートネイチャー社の業績は、平成12年5月以降下向きとなって平成16年頃には低迷していたので、平成16年に行われた新株発行の際に平成12年やその後業績が回復した後の平成18年の株式価値を適用することはできないとも判断しています。

最高裁は、経営陣らに2億2千万円の支払いを命じた原審判断を取り消し、請求を棄却しました。

4.アートネイチャー事件 判決の意義

アートネイチャー事件の判決意義は「非公開会社における新株発行の公正価額については、基本的に新株発行時の取締役会の判断を尊重する」ところにあります。

地裁や高裁は、事後的に裁判所が公正価額を判断する枠組みでしたが、最高裁はこれを「取締役による経営判断や予測可能性を減少させる」として否定しました。

特にアートネイチャー事件では、新株発行から数年経過後に業績が向上して上場に至っており、後から当時の「客観的な」株式価値を裁判所が決定すると経営陣の受ける不利益が大きくなります。そのような事態が起こらないよう、経営陣の判断が尊重されるとした判断の意義は大きいといえるでしょう。

ただし取締役の判断であれば、何でも認められるわけではありません。「客観的資料に基づく一応合理的な算定方法」が実施されている必要がありますし、それ以外にも「特別な事情」があれば異なる結論となる可能性もあります。

文:福谷 陽子(法律ライター)

慣習に倣い、文中の判例は全て和暦で表記しております

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