基本合意後に破棄されたら損害賠償請求はできるのか(日本デジコム/JSAT)

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M&Aの取引では、基本合意を締結しても、その後さまざまな事情で最終合意に至らなかったケースが少なくありません。

そんなとき、デューデリジェンス(買収監査、DD)によって情報を不正に取得された、契約成立への期待権が侵害されたなどとして一方の当事者が「損害賠償請求」をした事例が過去に存在しました。

今回は資本提携や業務提携の基本合意締結後に破棄されたケースにおいて、損害賠償請求が行われた知的財産高等裁判所の裁判例をご紹介します(知財高裁 平成24年12月12日判決 平成24年(ネ)第10060号)。

1.本件の概要

本件の請求者(控訴人)は株式会社日本デジコム、被請求者(被控訴人)はスカパーJSAT株式会社(以下「JSAT」という)です。

衛星通信サービスを営む日本デジコムと衛星多チャンネル放送のJSATはかつて、提携関係を目指して協議を進めており、基本合意を締結。それにもとづき日本デジコムに対して法務・財務デューデリジェンスが実施されました。

DDとは買い手企業(この場合は提携なので一方の当事者)がM&Aを実行するための最終判断にあたり、懸念材料(リスク)はないか、実際の経営状態はどうかなどを把握するため、外部の専門家へ依頼する調査です。

ところがその後、JSATの意向によって資本提携の話は解消され、JSATは日本デジコムと競業関係にある事業を独自に開始します。提携を一方的に白紙撤回された日本デジコムは、DDで得た重要情報を不当に利用し事業に参入したと主張。JSATへ損害賠償請求を行いました。

日本デジコムの主張は以下の通りです。

・JSATはDDによって日本デジコムの情報を不正に取得した
・JSATは日本デジコムの情報を不正に流出させ、利用した
・JSATは理由なく資本提携や業務提携の契約を一方的に解消し、日本デジコムに損害を与えた
・JSATは日本デジコムから開示された情報を利用して日本デジコムと競業する事業を行っており、不正競争防止法違反となる
・JSATは日本デジコムとNTTドコモとの提携交渉を妨害した
・JSATによる資本提携の一方的な解消は、日本デジコムの期待権を侵害する

以上にもとづき、日本デジコムがJSATへ5億6千万円の損害賠償金の支払いを請求しました。

2.知財高裁の判断

知的財産高等裁判所は、各争点について以下のように判断しました。

2-1.JSATはDDによって日本デジコムの情報を不正に取得したか?

日本デジコムは、JSATが当初から提携意思がないのに、日本デジコムをだまして基本合意を締結したと主張。

しかし裁判所は、本件合意が行われた時点ではJSAT側は真剣に日本デジコムとの提携を検討していたものであり、当初から中止を決定していたとはいえないと判断。この主張を排斥しました。

2-2.JSATは日本デジコムの情報を不正に流出させ、利用したか?

日本デジコムは、JSATがDDによって得た日本デジコムの営業情報を不正流出させたので「秘密保持義務違反」と主張。またその情報を利用して特定無線局の包括免許を取得したものと主張。

しかし裁判所は、JSATが他者へ情報を開示したり営業活動に利用したりした証拠がないため、秘密保持義務違反と認めませんでした。包括免許に関しては、そもそも必要な情報は公開されているのであり秘密情報を使って取得したものではないとして、やはり日本デジコム側の主張を排斥しました。

2-3.JSATは理由なく資本提携や業務提携の契約を一方的に解消し、日本デジコムに損害を与えたか?

日本デジコムは、JSAT側との資本提携契約、業務提携契約がすでに成立していたにもかかわらず、JSAT側が正当な理由なく一方的に解消したのは違法として、損害賠償を請求。「デューデリジェンスを実施した以上は当然資本提携することが前提となっており、解除条件付の契約がすでに成立していた」とも主張しました。

しかし裁判所は、以下のように述べて日本デジコム側の主張を排斥。

・通常、DDも行わない段階で業務提携契約を締結することはありえない
・その他の事情をみても、業務提携契約が成立したとはいえない
・DDを実施したからといって解除条件付の資本提携契約を締結したとはいえない 

契約の成立を前提とした日本デジコム側の損害賠償請求は認められませんでした。

2-4.JSATは日本デジコムから開示された情報を利用して日本デジコムと競業する事業を行っており、不正競争防止法違反となるか?

日本デジコム側は、JSATが日本デジコムから得た情報をもとに日本デジコムと競業関係にある事業を行ったことが「営業権侵害」となり不正競争防止法違反になると主張。

しかし裁判所は以下のように述べてこの主張も排斥しました。

・そもそもJSATは日本デジコムに対する秘密保持義務違反の行為をしていない
・両社間の秘密保持契約において、JSATが他者と共同して類似・競合するサービスを行っても良いことになっていた

営業権侵害にもとづく賠償請求も否定されました。

2-5.JSATが日本デジコムとNTTドコモとの提携交渉を妨害したのは契約違反か?

日本デジコムは当時、NTTドコモとの間で提携を進めていましたが、JSATが妨害したことによって破談になったと主張。事前に「NTTドコモとの提携交渉を妨害しない」と約束をしていたにもかかわらず違反したとして、損害賠償を求めました。

しかし裁判所は「JSATがNTTドコモに業務提携の働きかけをしない(つまり日本デジコムとの提携を妨害しない)という約束はしていない」と判断。この点についても日本デジコム側の主張を排斥しました。

2-6.JSATによる資本提携の一方的な解消は、日本デジコムの期待権を侵害するか?

日本デジコムは、JSATとの間で基本契約が締結されDDまで行われた以上、資本提携や業務提携に向けた期待権が発生していたと主張。JSATによる解消は期待権を侵害するものとして損害賠償を求めました。

しかし裁判所は「基本合意があったとしても資本提携や業務提携の契約が締結されていない以上、期待は法的保護に値しない事実上のものに過ぎない」と判断。やはり日本デジコム側の主張を認めませんでした。

3.本判決から学べること

本件訴訟では「基本合意が締結されて本契約に至らなかったとき、相手に賠償金を求められるか」が問題になっています。裁判所は全面的に原告の主張を排斥しました。

このことから「基本合意が締結されただけでは、契約成立に対する期待はほぼ保護されない」といえるでしょう。

「法的拘束力のある合意書に独占交渉義務を明記したのに違反した」「先行行為により、相手に契約成立へ向けての著しく高い期待を抱かせた」などの特殊事情でもない限り、損害賠償請求は難しいと考えられます。今後の参考にしてみてください。

文:福谷 陽子(法律ライター)

慣習に倣い、文中の判例は全て和暦で表記しております

判決全文(PDF):知財高裁 平成24年12月12日判決 平成24年(ネ)第10060号

福谷 陽子 (ふくたに・ようこ)

法律ライター 元弁護士

京都大学法学部卒業
10年の実務経験を積んだ後ライターに転身し、現在は各種法律記事を中心に執筆業を行っている。弁護士時代は中小企業法務や一般個人の民事事件を中心に取り扱っており、その経験を活かし法律ライターとして活躍中。


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