前回の記事では、株主の情報取得権利として「楽天子会社によるTBSへの会計帳簿閲覧請求権」を取り上げました。今回は、「株主名簿閲覧謄写請求権」の裁判例をご紹介します。
敵対的買収を目的とした株式公開買付け(TOB)を実施する際、買収を目論む会社が対象会社の株主から委任状を募るため、対象会社の株主名簿閲覧、謄写(コピー)を請求するケースが多々あります。なぜなら株主には株主名簿閲覧謄写請求権が認められるからです。
ただし会社法では、一定の条件を満たせば会社側が株主名簿の閲覧・謄写請求を拒絶できると規定しています。このため対象会社側は開示を拒絶し、法的トラブルが発生します。
今回は原弘産(現:REVOLUTION)が日本ハウズイングへ敵対的買収を仕掛けた際に、株主名簿閲覧謄写請求が認められた裁判例をご紹介します。
「株主名簿閲覧謄写請求権」とは、株主が会社に対し、株主名簿の閲覧やコピーを求める権利です。株主名簿には株主の氏名や住所、持株数や取得日などの情報が書いてあるので、株主名簿を見れば誰が何株持っているかがわかります。
TOBを仕掛けるとき、株主の情報が取得できれば有利です。なぜなら対象会社の株式を保有する株主と直接コンタクトがとれれば買収をスムーズに進めやすくなるからです。そこで株主権を行使して株主名簿の閲覧謄写を求めるケースは少なくありません。
株主名簿閲覧謄写請求権は、会社法が株主に認める重要な権利です。ただし以下の要件に該当するときには、対象会社は株主名簿の閲覧や謄写を拒絶できます(会社法125条3項)。
・請求者が権利の確保、行使以外の目的で閲覧謄写を請求する場合
・請求者が会社の業務の遂行を妨げ、株主の共同の利益を害する目的で請求する場合
・請求者が株主名簿の閲覧や謄写によって知り得た事実を第三者に売却する目的で請求する場合
・請求者が過去2年以内に、株主名簿の閲覧や謄写によって知り得た事実を第三者に売却したことがある場合
※平成26年(2014年)の会社法改正前は「請求者が当該株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するものであるとき」には株主名簿閲覧謄写請求を拒絶できると規定されていましたが、削除されました。
2008年当時、大証2部※に上場していた不動産分譲会社の原弘産が、東証2部※に上場していたマンション管理会社の日本ハウズイングへ敵対的買収を仕掛けました。原弘産は子会社の井上投資と合わせて日本ハウズイングの株式の約 16%を保有する大株主となりましたが、日本ハウズイングはTOBに抵抗したため両社間で争いが発生しました。※現在は両社とも非上場
2008年6月27日、日本ハウズイングの株主総会において、原弘産は「買収防衛策の不発動」などの株主提案を行っていました。同社は他の株主情報を入手して委任状の勧誘に利用しようと考え、日本ハウズイングへ株主名簿閲覧謄写請求をしました。
日本ハウズイングは、当時の会社法における「株主が実質的に会社業務と競争関係にある」場合に該当するとして、株主名簿の閲覧謄写請求を拒絶しました。そこで原弘産が株主名簿の閲覧謄写を求め、裁判所へと仮処分を申し立てたのが本件の事案です。
東京地方裁判所は、原弘産と日本ハウズイングが不動産業という同種の事業を行っていたことから「実質的に競争関係にある」として原弘産による株主名簿閲覧謄写請求を却下しました(東京地裁平成20年5月15日)。
原弘産は地裁の判断を受け入れず、東京高等裁判所へ即時抗告を行いました。すると、高裁は原弘産による株主名簿閲覧謄写請求を「認める」という逆転決定を行いました。
その決定理由は、以下の通りです。
・原弘産と日本ハウズイングが同業者というだけで株主名簿閲覧謄写請求権を否定するには合理的な根拠を見出しにくい
・原弘産の請求は株主への委任状勧誘に用いる目的であることが明確になっており、他の目的に使用しないと誓約していることから原弘産の権利は疎明されている(疎明とは、証明よりも軽度な説明のことです。仮処分が認められるには疎明が必要です)
・公開情報によって大株主は判明しているが、原弘産が他の株主情報を把握するために株主名簿の閲覧謄写が必要
つまり「同種事業を営む競合会社であっても、株主権を行使するためであれば株主名簿の閲覧謄写が認められる」と判断したのです。
この決定があるまでは「実質的に競争関係にある」ことを理由にTOBの際の株主名簿閲覧謄写請求が却下される裁判例が多数ありました。
被買収会社側はこの規定を「防波堤」として利用していたのですが、この東京高裁による決定により流れが変わります。TOBの場合にも株主名簿の閲覧謄写が認められやすくなり、防波堤としての機能を失いました。
日本ハウズイング事件の東京高裁決定により「同種事業を営む競合会社であっても株主権を行使するためであれば株主名簿の閲覧謄写が認められる」ことが明示されました。
そうだとすれば「実質的に競争関係にある場合」という株主名簿閲覧謄写請求の拒絶事由の適用場面が減少し、その規定の意味も大きく低下します。そこで会社法が改正され、2014年には「実質的に競争関係にある場合」という株主名簿閲覧謄写請求の拒絶事由が削除されました。
現在TOBを進める際には、競合会社であってもそのことだけを理由に株主名簿閲覧謄写請求を拒絶される可能性はありません。日本ハウズイング事件の決定は、会社法改正を促す結果となった意義深いものといえるでしょう。
文:福谷 陽子/編集:M&A Online編集部
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