ビズサプリの久保です。国会が「桜を見る会」で紛糾する最中の12月3日に、会社法改正案が参議院で可決成立しました。改正会社法には、役員報酬に関する改正が盛り込まれています。今回は、報酬ガバナンス改革の進め方についてお話してみたいと思います。

1.会社法の改正と業績連動報酬

改正会社法は、上場会社に社外取締役を義務付ける法案であると報道されていますが、役員報酬に関する改正も盛り込まれており、取締役報酬の決定方針決定の義務化やその開示義務などが規定されました。有価証券報告書において役員報酬の決定方針の開示が求められるようになっていますので、これについては、上場会社ではすでに対応済みのはずです。ただ、この方針は取締役会での承認事項になりますので、その対応は必要になると思われます。

法務省の法制審議会が今年2月に答申した会社法改正要綱では、役員の個人別報酬額の決定について、代表取締役に一任する場合は株主総会の決議が必要とされていました。これは、日産自動車事件を受けたものでしたが、産業界からの反対があり、法案に盛り込まれないことになりました。社長一任の会社が実態として多いことが反対の原因と思われます。

従来は、固定報酬と年次賞与の2本立ての報酬が普通でした。その場合、報酬方針を検討する必要性はほとんどありません。最近は、業績連動報酬を導入する上場会社が増えてきたことから、その方針を決定し、それを開示させることによって、株主を保護しようというのが法制化の趣旨と考えられます。

上場会社のうちの大会社については、社長の報酬が1億円近いという報道もあり、この改正は、今後の役員報酬の高額化を見据えたものとも考えられます。

その一方で、業績連動報酬の導入やその拡大によって、「攻めのガバナンス」を強化してほしいという政府の方針があります。

コーポレートガバナンス・コードでは、「経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである」(原則4-2)としています。

上場会社がコーポレートガバナンス・コードに準拠(コンプライ)するためには、役員報酬において業績連動報酬的な要素が必要ということになります。

2.役員報酬を変えたら経営が良くなるのか

会社創業以来、役員報酬は固定報酬と年次賞与の組み合わせで、役員個人別の配分は社長が決めるというやり方を続けて来た会社も多いと思います。
そもそも役員報酬の支給基準を変え、業績連動報酬を導入したからといって、会社の「稼ぐ力」が向上するのでしょうか。

いくら良い経営戦略を立案したとしても、それを実行するのは人間です。
経営目標達成のために、やる気を持って熱心に取り組む人がいない限り、経営戦略は絵に描いた餅に終わります。そういう点では、役員報酬というニンジンをぶら下げたほうが、役員のやる気が向上するということは言えると思います。

3.固定報酬だけでも業績好調の会社がある

役員報酬の考え方についてユニークな事例として、ヤクルト本社があります。
同社は、この10年間ほぼ毎年増収増益を続けています。

ヤクルト本社は、業績連動報酬を支給せず、固定報酬だけを支給しています。
これについて、コーポレートガバナンス報告書において、次のようにエクスプレイン(説明)しています。

「当社は、短期的な利益偏重になることなく、グループ内外に対する『代田イズム』の継続的な浸透を通じて、持続的な成長を図れる環境を構築していくことが重要だと考えています。その一環として、報酬体系についても同様に、一時的な利益変動に連動させる報酬体系ではなく、『代田イズム』を実現するために安定的な固定報酬体系を採用しています。」

実は、同社は平成20年に業績連動報酬を導入していますが、平成22年にこれを廃止し、固定報酬に戻しています。

報酬ガバナンス改革は、経営戦略を成功させるための一つのツールです。経営戦略のために助けにならないのであれば、それに時間を掛ける必要はないと思います。ヤクルト本社のように、年功に基づいた固定報酬で十分という考え方もあります。

4.役員賞与は、業績連動報酬か

ところで、役員賞与は、企業業績によって変動するので、業績連動報酬の一種と考えてよいでしょうか。

役員賞与は、利益配当と同じように、利益が出たらその一部を役員に配分するという考え方で支給されるのが普通です。一方、業績連動報酬は、役員各人の業績目標の達成度に応じて支払う報酬です。

たとえば、会社全体としては減益になっていたとしても、業績目標を達成した取締役は、追加的な報酬を受け取ることができるというのが業績連動報酬です。

このため、役員賞与は、業績連動報酬とは言えないということになります。
ちなみに、ヤクルト本社は固定報酬のみで、役員賞与さえ支給していません。

5.役員報酬を変えるだけでは効果がない

コーポレートガバナンス・コードでは、業績連動報酬の対象を執行役員以上の経営陣としています。

日本企業の場合、社員が昇格して役員に就任することが多いので、その報酬は、社員の給料と無関係に決めることができません。コーポレートガバナンス・コードが業績連動報酬を導入せよと言っても、社員から役員に昇格したら急に業績連動報酬が支給されるというのは、一貫性がありません。

社員の時代から、業績目標に基づくインセンティブ給与が支給されており、それが役員になっても続くようにすることで、首尾一貫した報酬体制になります。

業績連動報酬をもらえる役員が、給料が固定的な社員を叱咤激励したとしても、社員はシラケるだけではないでしょうか。その逆の場合も、ちぐはぐな状況になります。

すなわち、役員に業績連動報酬を導入するということは、役員報酬だけの話ではなく、社員と役員全員に業績連動給与・報酬をどのように導入するかどうかを決めるということと同義と考えてよいと思います。社員はそっちのけで、役員だけに業績連動報酬を導入しても、効果を期待できません。

業績連動報酬の効果がない、当社のカルチャーには馴染まないということであれば、報酬設計の検討はやめた方がよいと思います。反対に、社員・役員の給料・報酬を成果主義の業績連動にしたら、各人のやる気に効果がありそうであれば、給料・報酬の設計にも着手すべきと思います。

6.最初は株主対策でよい

コーポレートガバナンス・コードが徐々に厳しくなり、欧米型のガバナンスが求められてくることから、形だけでもコードを遵守しておけば、機関投資家をはじめとする株主から文句を言われることがないだろうという考え方もあります。

ヤクルト本社のように、会社の方針をしっかり説明できるのであれば、業績連動報酬を導入しなくても株主や投資家は納得すると思います。また、毎年業績向上の結果が出せていれば、株主からの文句も出ないかもしれません。
そうでない場合には、なぜ報酬ガバナンス改革を実施しないのかと、株主や投資家から問われることになると思います。

コーポレートガバナンス・コードの諸原則が自社に合うのかどうかは、慎重に吟味する必要があります。しかし、やってみないと分からないということであれば、やってみる価値はあるはあると思います。

ヤクルト本社のように、一度、業績連動報酬を入れてみたけれど、自社に合わないということで止めたということであれば、納得感があります。

急激な改革は必要ないですし、返って弊害もあります。業績連動報酬については、少額の業績連動報酬を導入し、報酬を検討する報酬委員会については、社内取締役が委員長となる方法から始めたらよいと思います。

これにより、とりあえずは「コーポレートガバナンス・コードの各原則を実施しない理由」のエクスプレインが不要になります。おそらく、このような考え方で形から入った会社も多いと思います。

この方法は、形だけで実質が伴わないため邪道である、という意見があるかもしれません。しかし筆者は、少しやってみることは非常に大事であると思います。やってみれば、そのやり方の良し悪しが分かってくるようになります。
また、業績連動報酬や報酬委員会も違和感がなくなってくると思います。

そうなれば、もう一歩進めて業績連動報酬の金額や設計について検討してみることができます。また、役員個人別の報酬の決定に社外取締役が関与することに抵抗感がなくなってくれば、委員長を社外取締役にするという決断ができるようにもなるでしょう。

反対に、大した効果が期待できないということが分かれば、ヤクルト本社のように、その業績連動報酬も報酬委員会の設置も止め、コーポレート・ガバナンス報告書ではエクスプレインすればよいと思います。そのときは、しっかりとした根拠をもって説明することができるようになると思います。

文:久保 惠一(公認会計士)
株式会社ビズサプリ メルマガバックナンバー( vol.106 2019.12.5)より転載