ダイムラーの日産買収は幻に

ーDDI・IDO・KDDの3社合併、NKKと川崎製鉄の対等合併など20件を超える大型M&Aのディール(取引)を成立に導いていますが、印象に残る案件はありますか。

著者の服部さん

強いてあげれば、独ダイムラー・ベンツに雇われて日産自動車を買いに行く案件だろう。自分が日産出身だったこともある。1998年から1999年にかけてのこと。実は最初に打診されたのはトラックを手がける日産ディーゼル工業の買収だったが、途中から、日産本体の買収に変わった。当時、日産は米国の販売金融の資金を短期のCP(コマーシャル・ペーパー)で調達していたが、連結財務の悪化に伴いS&Pやムーディーズの格下げによりCPでのドル資金の調達が困難になり、これが引き金となって経営危機に瀕していた。

この状況で、ダイムラー以外に米フォードと仏ルノーが買い手候補だった。日産の経営陣は自社をダイムラーに買ってもらいたいと考えていたし、両社は相性が良かったと思っている。

ところが、ダイムラーはクライスラーとの経営統合に動き、日産との案件から降りた。日産にとってはダイムラーではなく、むしろルノーに買われて良かったのかもしれない。ルノーはシュバイツアー会長に次ぐナンバー2のカルロス・ゴーン氏を送り込んできた。いわばエースの投入だ。ダイムラーなら自社のエースを送ることはなかっただろう。

ゴーン氏は単なるコストカッターではない。才能もさることながら、このうえもないチャーミングな人物だ。いい意味でずるくて愛嬌がある。日本に赴任直後、都市対抗野球予選の試合に駆け付け、「私がゴーン。野球部は廃部しません」と応援席に向かってこう宣言し、たちまち社員の気持ちをつかむことに成功した。これが日産再建の大きな力になったことはいうまでもない。

ダイムラーは日産から手を引いた後の2000年、三菱自動車に34%出資した。この案件でも我々がアドバイザーを務めた。ダイムラーは最終的に三菱自動車から分社した三菱ふそうトラック・バスを子会社化し、乗用車だけとなった三菱自動車とは資本提携を解消した。さらにダイムラーは2007年にクライスラーと袂を分かった。自動車業界の一連の合従連衡にかかわれたのは感慨深い。

ーM&Aに際し、経営者の心構えとして何が重要ですか。

M&Aは金で時間を買う戦略だとしばしば言われるが、こうした考え方ではほぼ失敗する。買収しても成功の保証はない。売り手は通常3~4割のプレミアムを受け取る。つまり、買う側は3~4割の“負け”からスタートするので、時間を買うなどと悠長なことは言っていられないはず。100のものにプレミアムを乗せて期待値140で買ったのなら、140で満足せず、170に企業価値を高める。不可能を可能にするほどの120%の自信が求められる。PMI(M&A実行後の統合プロセス)の際も、経営者自らが先頭に立つことが肝要だ。

とりわけ、外国企業を対象とするIN‐OUT型M&Aの成功確率は世界的に5割程度とされるが、日本の場合、1~2割といったところではないか。