IASBがのれんの費用化の会計処理について変更する検討を始めたというのは、何も理論的に今までが間違っていたので理論的に正しい方法に改める、というのではなく、従来の方法だと、投資家等をはじめ、経済活動への影響として不具合が出てきたということではないかと思います。すなわち、減損はある日突然やってくるため、従来の業績の延長線上にない多額の損失が計上されると、将来の業績見通しがやりにくくなり、投資家も企業価値の将来予想の判断に困ってしまいます。
のれんを規則償却する処理は、保守的である以上に、のれんの費用化が各期に与えるインパクトを平準化することが出来るので、企業価値を予測しやすい点で、投資家にとっても好ましい会計処理だと思われて来ているのかもしれません。またのれんの取得から期間が経過するほど、将来キャッシュ・フローによるのれんの減損判定が、技術的に困難になっていく、という話も聞こえて来ます。
世の中の活動は、基本的に法律を含む、ルールの上で成り立っています。そしてルールの変更により、当初有利だった立場の人や組織が不利になったり、その逆もあります。また最初にルールを作った人が一番恩恵を受けたり、ルールを変えることで、立場を逆転させてしまえることもあります。その意味で、ルールを作ったり変えられる立場の組織は非常に強い立場にあります。
会計基準のような、理論的にどうあるべきか、ということで決まっているように見えるルールでも、唯一絶対のものはなく、時代、場所によって正しいとされる内容は、変わります。世の中のインフラとなる重要なルールですから、誰かが勝手に決めれるものではないですが、新しいルールの導入、ルールの変更の際には、会計基準設定主体(IFRSではIASB、日本基準ではASBJ)が中心となって議論しますが、ある程度詰まってきたら、論点整理(DP)、そして公開草案(ED)のような形で公表し、世間の意見を聞いた上で、合意形成をしていきます。
そこで、国内ルールであれば、業界団体や、業界を代表するような企業が、自分たちにとって有利な方向になるよう働きかけるのは当然のことですし、国際ルールであれば各国間、あるいはヨーロッパ(IFRS)と米国(US GAAP)と言った対立軸で、政治的な綱引きが行われることになります。これは、ルールメーカー、あるいはルールチェンジャーが最も有利に事を進めることが出来ることが分かっているからだと言えます。
今回、IASBでのれん費用化の見直しが議論され始めるのは、それが日本にとって有利ということで日本から働きかけたわけではないと思います。どちらかというと、M&Aに積極的な欧米企業、あるいは業界が、業績に与えるマイナス方向のインパクトを緩和するため、減損のみに頼り、規則償却を避けてきた印象があります。それが世の中的に行き過ぎて来たので、少しルールを揺り戻そうという流れではないでしょうか。
日本企業でIFRSを導入した企業、あるいは今後導入を検討する企業の多くにとって、のれんを非償却に出来る、というのも導入の大きな理由の1つだったと思います。もちろんそれだけが理由ではないので、仮にIFRSでものれんの規則償却が導入されてもIFRS適用を辞めたり、導入の流れが止まることはないと思いますが、業績に与えるインパクトが比較的大きいと考えられますので、今後どのように議論が進んで行くのか、注意していきたいところです。
ビズサプリグループでは、会計士、事業会社での経験豊富なコンサルタントにより、IFRSの導入支援、企業内ルールの作成支援コンサルティングも行っておりますので、ご興味ありましたらご相談頂ければと思います。
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本日も【ビズサプリ通信】をお読みいただき、ありがとうございました。
文:花房 幸範(株式会社ビズサプリ パートナー 公認会計士)
株式会社ビズサプリ メルマガバックナンバー(vol.082 2018.10.03)より転載
東証は上場企業に対して2017年3月期末から決算短信の簡素化を認ました。決算短信の自由度の向上について考えてみたいと思います。