ビズサプリの三木です。
今回のビズサプリ通信では、東芝の監査意見と監査法人との付き合い方について取り上げます。
あまりこういう記事を書くと業界の中で良い顔はされないのかもしれませんが(笑)
上場会社やIPO準備会社などからすれば興味のある話題と思います。
ご存知の通り、監査法人というのは財務諸表と内部統制(上場企業の場合)の監査を行って監査意見を表明します。監査対象が2つあるため、財務諸表監査と内部統制監査それぞれの監査意見があります。
財務諸表監査の場合は財務諸表が適正に作られているかどうかを監査し、「適正」「不適正」「限定付き適正」「意見不表明」のいずれかの監査意見を表明します。
もちろん一番多いのは「適正」意見ですが、「意見不表明」も時々目にします。
マスコミではよく監査意見のことを「お墨付き」と表現します。
「意見不表明」はまさに「お墨付きがない」ということで、財務諸表が正しいかどうか監査法人が判断できないということです。「不適正」「限定付き適正」は財務諸表が間違っているということですが、間違いの程度がひどい場合には「不適正」、間違いの影響がさほどではない場合には「限定付き適正」となります。
「不適正」や「限定付き適正」といった監査意見はほとんど目にしません。
なぜなら、これらの監査意見は財務諸表の間違っている箇所や金額が分かる場合に表明されますから、通常はそんな監査意見を出されるくらいなら企業側も財務諸表を修正するからです。にもかかわらず「不適正」や「限定付き適正」が表明されるケースは、監査法人も監査を受ける企業も、よほどの事情があって引くに引けないケースだと思って良いでしょう。
内部統制監査の場合、企業の内部統制そのものに対して監査法人が意見表明しているわけではありません。まず経営者自らが内部統制を評価して結果を開示し、監査法人は経営者自らによる評価が正しく行われたかどうかについて監査意見を表明しています。
内部統制監査については、ほぼ全てが「適正」意見です。「意見不表明」も、エアバッグのリコール問題に揺れたタカタくらいしか記憶にありません。
財務諸表監査と同じで、監査法人に「不適正」と宣告されるくらいなら企業自ら内部統制に不備があると表明しますから、監査法人による内部統制監査が「不適正」というのはよほどのことがなければあり得ません。
こうした「よほどのこと」を連発したのが東芝です。2017年3月期の監査報告書では、財務諸表監査が「限定付き適正」、内部統制監査は「不適正意見」が表明されています。いずれも、前期(2016年3月期)の工事損失引当金を適切に計上していなかった(それにかかわる内部統制にも問題があった)ことを原因としています。
財務諸表監査が「限定付き適正」なのは過去のメルマガでもご説明した通り一種の“ウルトラC”ですが、ある程度背景が分からなくもありません。
東芝は上場廃止を避けたいと考えており、「不適正」意見を受けてしまうと上場廃止基準に抵触してしまうのですが、「限定付き適正」であれば抵触しません。「適正意見」にするためには過去分の遡及処理を含めて決算をやり直す必要があり、これは私の想像ですが、「限定付き適正」で上場廃止を免れる道が開けたのなら、どうせ傷のある身としては面倒な遡及修正にメリットを感じなかったとしても不思議ではありません(上場企業の姿勢としてはどうかとは思いますが・・・)。
しかし内部統制監査の「不適正意見」は解釈が簡単ではありません。監査法人の内部統制監査の結果が不適正になることが分かっていながら、なぜ経営者評価の結果として“内部統制は有効”と表明したのでしょうか。
内部統制の場合には財務諸表の遡及修正のような膨大な作業は不要で、自らの内部統制の評価結果を「不備あり」に変えるだけです。
こうした選択をした背景を考えると、東芝が何を優先したかが見えてきます。東芝は上場維持のためには債務超過を回避する必要があり、工事損失引当金の遡及計上は是が非でも避けたいところでした。このため東芝は、「限定付き適正」を覚悟のうえで、工事損失引当金の計上をしていない2016年3月期の財務諸表は適正だと主張しました。この状況下で内部統制に不備があったと主張することは、理屈としてはあり得ても、財務諸表は適正だという主張と干渉しかねません。財務諸表の数字自体を“ウルトラC”で乗り切ることを最優先し、それに影響しかねない要素を排除した結果、内部統制監査は覚悟のうえで不適正意見を受け入れたことになります。
2017年3月期の四半期決算では東芝とPwCあらた監査法人は鋭く対立し、結論不表明にまで至りました。想像ですが、東芝は期末決算の財務諸表監査を“ウルトラC”で乗りきるのが精いっぱい、内部統制監査を何とかする“ウルトラCパート2”の交渉などできず、内部統制監査は不適正意見以外に選択肢がなかったのかもしれません。
近年の監査法人側の事情としては、人不足が挙げられます。
監査の基準は厳しくなる一方です。私が公認会計士として業務を始めたころの監査六法は「監査小六法」という名前でカバンで持ち運べたのですが、だんだん分厚くなり、“小”の字がなくなり、紙が薄くなり、サイズが大きくなり、ついに分冊となりました。その様子を見るだけで隔世の感があります。
更には監査法人に対しては、日本公認会計協会によるレビュー、金融庁によるレビュー、米国に上場している企業の監査ではPCAOBによるレビューも行われます。こうした外部圧力もあって、単に監査をしっかりやるだけではなく、隙が無く論理的に説明できるように、中身と共に見栄えも良い監査をしなければなりません。つまり監査法人の監査チームは、監査におびえながら監査をしている状態です。
このため企業側からは見えない作業が膨大となっています。「最近の監査法人のスタッフは部屋にこもって書類づくりばっかりしている」という印象を受ける経理の方も多いようですが、実際のところ監査チームも好きでやっているわけではありません。中には膨大な内向きの仕事にモチベーションを下げてしまうスタッフもいます。大量の仕事の中で、スタッフの確保に喘ぐのが今の監査法人の姿です。
監査法人も意見不表明や不適正意見は出したくないものです。こうしたイレギュラーな監査意見に至った論拠を隙なくまとめるのは大作業ですし、そもそも適正な決算書で経済社会に資するという監査法人の存在意義にも反してしまいます。
監査法人の監査を受ける現場では、面倒さが先に立って監査法人と会社で利害が対立しがちです。「なんでこんな資料まで」「監査法人の言い訳づくりに付き合わされている」という声も聞くことがあります。しかしながら監査法人としても理不尽でやりたいのではなく、会計監査の世界で筋の通った説明がつくのかどうかが気になっているだけです。もちろん企業側も意見不表明や不適正意見などもらいたくありません。
こうした状況を見ていると、監査を受ける企業側も監査理論をある程度知っておく必要が出てきたな、と感じます。監査法人が資料を求める目的は何か、どういうロジックを組み立てようとしているのかを察すれば、もう少し手軽に提供できる資料に切り替えたり、別の説明の仕方を提案したりすることもできます。意見不表明や不適正意見にしたくないのは企業も監査法人も同じですから、時にぶつかり合うことはあっても、緊張感ある協力関係という基本軸を外してはいけません。
東芝は2017年3月期で、四半期決算ではかなり関係がこじれ、期末はウルトラCで財務諸表監査では意見不表明や不適正は免れました。しかしながら内部統制に関する意見の食い違いを見ると、監査法人との間の協力関係は引き続き懸念材料と思えます。
本日も【ビズサプリ通信】をお読みいただき、ありがとうございました。
文:株式会社ビズサプリ メルマガバックナンバー(vol.067 2018.1.15)より転載