M&A法制を考える インフロニアによる東洋建設のTOB不成立にみるTOB規制の課題

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東洋建設(東京都内で撮影)

わが国におけるTOB規制の方向性

このように、わが国では、公開買付者は、TOBによって買付け条件をすべて開示し、買付け義務を負担するとともに、別途買付けが禁止され、TOBの撤回や条件の変更も制限されている。一方、競合者は、短期売買利益の返還(金融商品取引法164条)が必要となる可能性はあるものの、TOB価格以下の「市場内買付け」で買い増し、いわゆる「予告TOB」を行い、最後に止めたければTOBに応募すればいい。すなわち、公開買付者は手足が縛られ、競合者は負けるリスクが少ないため、「買収者間の公平」が確保されているとは言い難い。

この点、「市場内買付け」をTOB規制に含めることは、議論が分かれている。「市場内買付け」は、株主に対する売却圧力(いわゆる「強圧性(coercion)」)が生じやすいため、含めるべきとの見解がある一方、諸外国での議論のように、「市場内買付け」は、「足がかり買収(toehold acquisitions)」として買収成功の確率を高める可能性があるところ、M&Aの方法をTOBに限定すると買収コストが高まり、TOBの頻度が低下し、株主がプレミアムを取得する機会が減少するため、含めるべきではないとの見解もある。

コーポレートガバナンスを考える イーロン・マスクによるTwitter買収提案にみるM&Aの役割」で触れたように、「買収防衛策」が許容されている米国では、「市場内買付け」もM&A戦略の一つと考えられているが、これもよいコーポレートガバナンスを維持するためには有効かもしれない。インフロニアによる東洋建設株式のTOBも、建設会社の株価は、東日本大震災復興事業で得た資産を将来の投資に有効活用できていないため、「割安」と指摘されていたところ行われたが、YFOによる「市場内買付け」によって、インフロニアによる持ち分適用会社である東洋建設の取締役会が算定した東洋建設の「株式価値」やインフロニアと合意した「TOB価格」が株主の間で議論される契機となったともいえる。

一方、TOB撤回規制の緩和は、議論が深化している。例えば、相場操縦を防止するという目的から導かれる条件を考慮すると、①TOBの目的達成に重大な支障となる事項であって、②公開買付者のコントロールが及ばず、③当該事項に該当するか否かを客観的に判断しうる事項であれば、公開買付者は撤回事由を指定すべきとの見解や、撤回の段階での審査を重くするのではなく、撤回を幅広く認めつつ、相場操縦規制を強化するという方向性を基本方針として、関係条文の解釈・立法を整備していくことが望まれるとの見解がある。

わが国の「TOB規制」は、1971年(昭和46年)に米国法に倣って導入し、1990年(平成2年)や2006年(平成18年)の改正で欧州法を部分的に導入したが、理論的に一貫したルールとは言い難い。「買収者間の公平」を現状のM&A法制は阻害していないか。「TOB規制」やそのクッションである「買収防衛法理」を含むM&A法制の在り方を改めて考える時期にきているように思われる。

【参考文献】

飯田秀総(2016)「公開買付けに関する行為規制」田中亘=森・濱田松本法律事務所『日本の公開買付け 制度と実証』(有斐閣)63-104頁

黒沼悦郎(2006)「公開買付制度・大量保有報告制度の改正」法律のひろば59巻11号19-30頁

吉村一男(2012)「ヨーロッパのM&A規制とわが国のM&A規制-TOB規制を中心に-」企業会計64巻5号693-704頁

Dai, Y., Gryglewicz, S., and Smit, H. T. (2021) Less popular but more effective toeholdsin corporate takeovers. Journal of Financial and Quantitative Analysis, 56(1):283–312.

文:吉村一男

吉村一男 (よしむら・かずお)

フィデューシャリーアドバイザーズ 代表
上場事業会社、大手証券会社の投資銀行部門を経て、現職。平時の株主価値向上のコンサルティング業務、株主総会におけるアドバイザリー業務、M&Aにおけるアドバイザリー業務、投資業務などに従事。早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター(WBF)の招聘研究員に嘱任し、企業法とファイナンスに関する研究に従事。著書は、「構造的な利益相反の問題を伴うM&Aとバリュエーション―理論と裁判から考える現預金と不動産の評価―〔上〕〔下〕」旬刊商事法務2308号・2309号(共著、2022年)、「米国の裁判から示唆されるわが国のM&Aプラクティス」MARR330号(2022年)、『バリエーションの理論と実務』(共著、日本経済新聞出版、2021年・第16回M&Aフォーラム正賞受賞作品)、『論究会社法‐会社判例の理論と実務』(共著、有斐閣、2020年)など多数。

フィデューシャリーアドバイザーズ HP(https://fiduciary-adv.com/


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