2020年、コロナ禍に見舞われた一年が、暮れようとしている。振り替えれば、M&A(企業買収)の分野においては、有事における買収防衛策の承認、敵対的TOBの頻発、等、興味深い出来事が多数起こった1年だったように思う。その一年の締めくくりに相応しいのが、ニトリホールディングス(以下、ニトリ)による島忠への株式公開買付(TOB)であろう。買付期間は、文字通り年末の12月28日までであるが、成立はほぼ確実である。既に、最初に買収に名乗りを上げたDCMホールディングス(以下DCM)は、12月12日に、TOBの不成立を発表し、買収合戦から撤退している。

2019年の伊藤忠によるデサントに対する敵対的買収の成功を皮切りに、本年は前田建設工業による前田道路、コロワイドによる大戸屋ホールディングスといった敵対的TOBの「成功事例」が見られたが、これらはすべて日本で全部買付義務の発生する議決権の66.7%未満相当の株数のみを対象とした敵対的部分買収であった。筆者は、こうした敵対的部分買収は、少ない金額で効率よく相手企業の経営権を掌握する手段として用いられ、TOBのプレミアムが低く設定されがちであること、売却を希望する株主が買付に応じてもらえず少数株主にもTOBに参加する機会を与えるという制度の趣旨にそぐわない等の問題があることを指摘してきた。

伊藤忠によるデサントへの敵対的TOBに見る日本のTOB制度の問題点
伊藤忠のデサントへの「敵対的TOB」が開けたパンドラの箱 ―ユニゾHDへの事前同意なき「イキナリTOB」に関する考察―

今回のニトリによる島忠へのTOBは、定義上、敵対的TOBにはならなかった(島忠は賛同意見を表明している)ものの、事前に島忠の合意を得ていないこと、既にDCMのTOBへの賛同表明を島忠が発表した後にニトリがTOBを実施するなど、限りなく敵対的買収に近いものだった。しかも、最初から買付株数に上限を設けず、完全子会社化を目的としている点で、これまでの敵対的部分買収とは決定的に異なる、本邦初の本格的「事前同意なき」競争的完全買収である。

従来、日本のM&Aにおいて、買手と売手が買収に合意した場合に、それ以外の買手が現れることは、日本では稀であった(2019年の廣済堂のMBOのケースのようなアクティビストによるものを除く)。その結果として、ともすれば、少数株主は、十分な買収プレミアムを享受できないままに、買手と売手が合意した価格で株式を手放すことを余儀なくされることが多かった。2019年に策定された「公正なM&Aの在り方に関する指針」においても、少数株主の利益のため、「他の買収者による買収提案の機会の確保(マーケット・チェック)」の重要性が謳われている。今回は、奇しくも島忠の不十分(と思わざるを得ない)マーケット・チェックを、ニトリが自ずから補って名乗りを上げた形である。実際、DCMの公開買付価格である4,200円に対して、ニトリの提示価格は5,500円で、30%も高い。

 今回のニトリによる島忠へのTOBが成功することは、日本の経営支配権市場(M&A)に新たな1ページが刻まれることを意味する。それは、売手と買手が、買収価格で一旦合意したとしても、競争的買収者が、より高い価格での買収を提示することを許容する風土が形成され、そのような場合、売手企業は、その競争的買収者による買収を受け容れなければならない可能性がある、ということである。これは、M&Aの実務家にとっては、売手と買手が合意したM&Aにおいても、従来以上にマーケット・チェックを徹底し、更に予想外の事態を常に想定しておかなければならないという意味で、頭の痛い問題である。一方で、従来、ともすれば不十分な買収プレミアムでの売却を強いられてきた少数株主にとっては、朗報であろう。

なお、このTOBにおいては、DCMによるTOBの発表(10月2日)→島忠によるDCMのTOBへの賛同意見表明(10月2日)→ニトリによる島忠へのTOB検討中とのリリース(10月21日)→ニトリによるTOB実施発表(10月29日)→島忠によるDCMへの賛同意見撤回と同時に、ニトリによるTOBへの賛同意見表明(11月16日)、と複雑な手順を辿って、慎重に進められている。これには、事前合意なきTOBとはいえ、島忠から反対意見を表明され、敵対的買収となることを回避したいというニトリ側の意向があったと思われる。そういう意味では、日本における敵対的買収へのアレルギーは、まだまだ根強いのかもしれない。2021年に、どのような競争的、敵対的買収が起こるのか、筆者としては興味を持って注視していきたい。

文:鈴木一功(早稲田大学大学院 経営管理研究科教授)