敵対的部分買付TOB問題再考 ~SBIホールディングス vs. 新生銀行~

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SBIホールディングス及びグループ企業(以下SBI)による新生銀行への株式公開買付(TOB)は、新生銀行が意見表明報告書で反対を表明したことで、銀行業では初めての敵対的TOBと定義づけられることになった。ただし、(1) SBIによる経営に賛同しない株主すべての株式がTOBの対象となるよう、48%とする買い付け上限を撤廃する、(2)TOB価格の引き上げがなされるという条件が満たされるならば、TOBに賛成する可能性にも言及している。SBI側は、これらの条件に応じる気配はなく、11月25日に開催予定の臨時株主総会において、新生銀行側の提案する「有事の買収防衛策」が過半数の賛同を得られるかどうかによって、最終的に新生銀行の経営権がSBI側に移るか否かが決する可能性が高い。

筆者は、既に過去の記事において、伊藤忠によるデサントへの敵対的部分買付が成立したことで、今後類似の「議決権の過半数を握らずして、企業を実質支配しようとする敵対的TOB」が、頻繁に行なわれるのではないかという懸念を示し、公開買付制度における全部買付義務(買付株数に上限を設けず、応募した全株式を買い取らなければならない義務)が、買付後の議決権比率が3分の2を超えない限り適用されない現状に警鐘を鳴らしてきた。

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今回のSBIによるTOBについても、伊藤忠によるデサントへのTOBと全く同じ問題が内在する。筆者は、新生銀行の現経営陣が、株価の低迷に対して効果的な経営改善策を打ってこなかったというSBIの指摘には妥当性があると考えているし、TOB価格の引き上げを求めながら、自社の企業価値を具体的にいくらと見積もっているのかを開示していない新生銀行側の態度にも大いに疑問を感じている。

しかしながら、今回のTOBには、上限が付されており、SBIが買い取るのは、議決権の48%の株式までで、買い増し分は新生銀行発行済株式の20%程度である。現在SBI、預金保険機構、整理回収機構、新生銀行の自社保有株式を除いた一般株主は全体の50%近く、SBIが今回22%の株主にだけ39%の買収プレミアムを支払い、50%の一般株主のうちの半数以上の株主はSBIの経営下での新生銀行の少数株主として放置されることになる。今回の買収には、銀行法の認可の問題等、買収者が部分買収を選択するに至った事情はあるが、一般論として部分買付を用いた買収には、疑問を呈しておかなければならない。

部分買付を用いたTOBの問題点としては、(1) 部分買付自体の持つ強圧性の問題(飯田[2020])とそれに伴う少数株主の不利益が挙げられるが、より大きな問題としては、(2) 安価で経営権(企業経営権)を獲得することが可能になることにより、潜在的に経営手腕の十分でない買収者によるM&Aが成立するということがある。

(1)についていえば、たとえば、今回のTOBに関して、TOB発表前の株価1440円が同社の経営から見て相応であり、SBI傘下でも大きな改善は認められないと思う少数株主は、TOB期間が終了すれば、株価が元の1400円台に戻ることは自明なのだから、こぞって買付価格2000円でのTOBに応じるはずである。(逆に、SBI傘下で経営改善ができ、株価が2000円を超えて上昇すると期待する株主は、TOBに応じる必要はない。)すなわち、部分買付TOBでは、経営権取得後の株価上昇が「期待できないような買収者であればあるほど」、TOBの成功確率が高まることになる。

(2)についても、上記と似た問題がある。今回仮に買付株数の上限がなかったら、TOBによる買付金額は、(仮に買付価格の引き上げがなかったとしても)現在の1100億円から、最大で2500億円程度まで増加することを覚悟しなければならない。安価で経営権を取得できることは、買収者にとっては良いことだが、買収に必要な資金負担のハードルが下がることによって、買収後の経営改善による被買収企業の価値向上額に対するハードルも下がるという面がある。今回のケースでいえば、買収者による経営改善がうまく行かなかった場合の株価低迷という不利益のうち、50%は預金保険機構等やTOBで売却し損なった一般株主が負担することになるため、SBIとの間で利益相反が懸念されるのも事実である。(勿論SBI側は、そうならないための仕組みを作ると説明している。)

実際、部分的買付による敵対的TOBの成立という「パンドラの箱」を空けた伊藤忠によるデサントへのTOBから2年が経過したが、デサントの業績は低迷している。コロナ禍という特殊事情があるので判断するのは早計だが、今後デサントの経営改善が進み、部分買付けであっても、買収者はきちんと被買収企業の経営改善を進められることが明らかになるかどうかは、部分買付制度が現状のままで良いのかを考える上での重要な試金石になる。

今回のSBIによる新生銀行の敵対的TOBも、11月25日の臨時株主総会買収防衛策が承認されなければ、成立する可能性が高い。その場合には、次の焦点は果してSBI傘下で新生銀行の業績が、本当に改善していくのかという点に移ることとなる。部分買付を含め、最近いくつか成立した敵対的TOBが、日本において企業経営の改善に本当に資することになるのか、引き続き筆者としては注視していきたい。

【参考文献・記事】
飯田秀総 [2020] 「買収防衛策の有事導入の理論的検討 ―公開買付けの強圧性への対処―」旬刊商事法務 2244号 pp. 4-15

文:鈴木一功(早稲田大学大学院 経営管理研究科教授)

鈴木 一功 (すずき・かずのり)

1986年東京大学法学部卒業。同年富士銀行(現みずほ銀行)に入社し、主にM&A部門のチーフアナリストとして、企業価値評価モデル開発等を担当。INSEAD(欧州経営大学院)よりMBA取得。その後、ロンドン大学(London Business School)よりPh.D.(Finance)を取得。2001年中央大学国際会計研究科教授等を経て、2012年より現職。「証券アナリストジャーナル」編集委員、みずほ銀行コーポレートアドバイザリー部の企業価値評価外部アドバイザーも務める。熊本県出身。 

著書に「検証 日本の敵対的買収」(共著・日本経済新聞出版社)、「MBAゲーム理論」(ダイヤモンド社)、「企業価値評価(実践編)」(ダイヤモンド社)、「企業価値評価(入門編)」(ダイヤモンド社)など。
https://www.waseda.jp/fcom/wbs/other/2352


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