現存する旧碓氷社の本社事務所は、1905(明治38)年に建てられ、1991年に現在の場所に移設したものである。木造瓦葺入母屋造りの2階建て。外観は和風だが、小屋組などに洋風の構造をもち、窓ガラスにはフランス製の板ガラスを用いているという。
組織としての碓氷社は、終戦直後の1946年、群馬蚕糸製造株式会社(のちのグンサン)に引き継がれた。グンサンは1960年代前半には蚕糸県・群馬の生糸生産をリードする存在になっていった。
だが、安い輸入生糸が入り、生糸価格が暴落した。グンサンも事業を縮小しつつ対応したが、1998年6月には生糸生産部門は操業停止に追い込まれた。それから2年経った2000年10月、グンサンは会社の解散を正式に決めた。
碓氷社から続いた組合製糸の歴史は、このとき幕を閉じた。しかし、製法として、かつ組合組織としては息づいていた。
グンサンが全盛期を迎える頃の1959年に設立された碓氷製糸農業協同組合と、同組合が2017年に創業した碓氷製糸株式会社の一部に座繰糸は残り、また地域の個人事業者の中にその製法を継承する業者も出てきた。
旧碓氷社の本社事務所のあるショッピングセンター駐車場の国道18号線沿いの一角に、絹笠神社という神社がある。碓氷社が組織された後、1893(明治26)年に碓氷・安中周辺の桑を一晩で全滅させた大霜害を偲ぶ、蚕の鎮魂の社だ。蚕の慰霊と養蚕繁栄の願いを込めて大霜害の翌年、1894年に碓氷社の一角に建てられ、あわせて霜災懲毖之碑も建てられ、移設され今日に至る。日本を代表する養蚕・製糸・組合産業のルーツがここにある。
文:菱田秀則(ライター)
かつては世界の7割のシェアを誇った北海道の北見ハッカ。海外生産などの波に揉まれて2度、停滞・衰退の道をたどる。だが、そのたびごとに復活を遂げてきた。