富山県の地銀としては、圧倒的な力を持つ北陸銀行がある。そして、その大手地銀に次いで2つの地銀・第二地銀がある。富山銀行と富山第一銀行だ。両行の歴史を対比するように見ていく。
兵庫県東部の工業都市、尼崎市の阪神本線「大物」駅で降りて南に10分足らず歩いたところに、赤煉瓦づくりの瀟洒な建物がある。2019年まで開館していた「前ユニチカ記念館」だ。
東京スター銀行はもともと、1999年に経営破綻した第二地銀の東京相和銀行の営業を譲り受けて誕生した。営業を始めたのは2年後の2001年6月のことで、第二地銀協会の加盟資格を活かして成長した稀有な銀行ともいえる。
日本でのセルロイド生産は1910年代に始まった。三井の出資による堺セルロイドの一方、もう1つの代表格が堺セルロイドの設立と同年、三菱、岩井商店、当時世界最大の商社といわれた鈴木商店らの出資によって設立された日本セルロイド人造絹糸であった。
地方金融史の中に、高知銀行は2つ存在する。1つは1897年から1923年まで存立し、現在は高知県のトップバンクである四国銀行となった高知銀行、もう1つは1989年に普通銀行への転換で高知相互銀行から改称した高知銀行だ。後者について見ていく。
東北の創業280年を迎えた老舗温泉旅館の灯が消えた。岩手県八幡平市の松川温泉郷にあった松楓荘。2023年12月、松楓荘を経営する松川温泉が約6,000万円の負債総額で、破産申請の準備に入ったと発表された。
第二地銀のない埼玉県において、県内企業・県民にとって重要な役割を果たすのが信用金庫である。県内にはいくつかの信用金庫があるが、中でも埼玉縣信用金庫は店舗数や営業エリアなどの規模感において他の県内信金の追随を許さない。
亀崎に1788(天明8)年、創業したのが清酒『敷嶋』で知られた伊東合資会社だ。もちろん創業当時は合資会社といった会社組織はなく、伊東孫左衛門という酒造家が始めた清酒敷嶋という酒蔵であったようだ。
神奈川県の第二地銀である神奈川銀行は、従業員350人ほどで30店強の店舗網を持っている。だが、県外に支店はない。その意味では、完全な地域密着の金融機関の1つである。
埼玉県本庄市には隣の渋沢栄一生誕地、深谷市と並び、渋沢ゆかりの企業建築物や産業遺産が数多く残っている。旧本庄商業銀行煉瓦倉庫もその1つ。かつて渋沢が設立・運営にたずさり、深谷市に本社を置いていた日本煉瓦製造製の煉瓦を使用して建設された倉庫だ。