M&Aの交渉に欠かせないアドバイザー。筆者の定義するアドバイザーとは売手か買手、どちらか片方につくことを指す。

ただし、日本の中小企業型(事業引継型)M&Aのケースでは両社の間を取り持ついわゆる「仲介」が一般的であり、彼らもアドバイザーと呼ばれている。筆者個人的には仲介型ビジネスに対して思うところもあるのだが、今回は一定のサイズ以上のディール(取引)で行われる前者の「アドバイザー」としての交渉スキル、エピソードについて述べる。

エピソード1:対決の結末

海外買収案件の場合、「キャッシュアンドデットフリー」といわれる企業価値ベースで交渉するケースがあります。事業価値に余剰キャッシュを加えたものが評価対象となる点が特徴です。

売手のアドバイザーとしての事業価値はDCF(割引キャッシュフロー)法と余剰キャッシュはすべて現金だ、というロジックです。買手としては、DD(デューデリジェンス資産査定)で発見した実態BS(貸借対照表)、PL(損益計算書)瑕疵項目からまずは順番に指摘していくことになります。この時点までは「BSの実態性VS虚実性」という交渉に主眼を置き、売手の思い通りの展開にさせておきます。

そして余剰キャッシュはいくらなのかのステージに入った時に、交渉軸の転調戦略に転じるのです。つまり、売手のアドバイザーが主張している現金は運転資金の一部であることを、過去10年間分のデータから根拠を示しました。

現金が運転資金ならばDCF法の計算に含まれているので二重評価になってしまいます。売手のアドバイザーは論理的な反論材料を持ち合わせてなかったので、「すべての現金を加算するのが常識だ!」とまくし立てるものの、焦りの色が見え始めました。

そこで、売手の会社の決算が直前であることに着目し、「この案件を日本に持ち帰って買い手に決裁を得るには数カ月はかかる。そうすると期を超えてしまうので、現在の現金すべてを期末で特別配当とすることを提案したい」と奥の手を打ったのです。すると、相手のアドバイザーの血相が変わりました。

なぜなら、彼は特別配当などしてしまうと、運転資金が回らなくなり資金ショートしてしまう可能性を理解しているからです。かといって今さら、余剰キャッシュを営業資産に繰り入れることもできるわけがありません。売手のアドバイザーは書類を机に叩きつけ、興奮しています。

そこで、「この会社の過剰なのれんを承諾することはできません。なぜなら買手にとってこの会社はとても大切だからです」と申し上げました。その後、彼らは最後のブレイクタイムを要求したのち、こちらの提示価格での成約となりました。

交渉の場では様々なスキルが必要ですが、人間対人間として正々堂々と戦ったからこそ最後は気持ちが通じ合い、交渉の妥協点が見つけられると感じたディールでした。

エピソード2:緊張と緩和

これは筆者が20代の時に経験したことです。私が担当していたX社は当時、超優良企業のY社との合弁企業が不振を重ね債務超過の一歩手前という状態でした。株式保有比率はY社が過半数を握っている状態です。株式を売却したいX社からの依頼で様々な出口戦略を模索しましたが、どれもうまくいきません。そこで、両社に対し「バリュエーション対決」を提案しました。

私からみると、Y社が作成した右肩上がりの再生プロジェクトは会計上における評価性科目が多かったからです。数カ月にわたり、Y社の担当者と資産や収益力について様々な議論や反証を行いました。攻防が後半になると明らかにY社の担当者が答えに窮する場面が多くなり、私は満を持して「これは、実質債務超過になっていると言わざるを得ません」と言いました。

すると、筆者と同チームである当時の上司が突然立ち上がり、「お前!(私のこと)天下のY社さんに向かってなんだ、その言いぐさは! 失礼だぞ!」と怒鳴りつけてきたのです。筆者はもちろん、その場にいた全員が固まりました。

上司はその後、筆者の非礼を詫びながらも続けて浪花節を語り始めたのです。「天下のY社さんだからこそ、我々は今まで経営をお任せしてきた。今回だけはこちらの顔を立ててもらえないでしょうか? またいつか違う形で一緒にビジネスを進めようではありませんか」。

するとその場からたちまち緊張が緩み、その日のうちに妥協点を見いだすべく進展し始めたのです。筆者はまだ若く、みんなの面前で罵倒されたことの真意を理解できていませんでした。

この交渉終了後、焼鳥屋で祝杯をあげている時にその上司からねぎらいの言葉をかけられて初めて事の真意を悟りました。上司は筆者が論破することを見越していたのです。

その際、相手のメンツを潰さないように一瞬の緊張感を作り出しその後、未来志向の浪花節を語るという一連の流れ。本当に見事でした。確かに「敵をだますには味方から」と言いますが、その当時は何となくストレスを抱えたまま納得したディールでした。 

エピソードを語れるディールを目指す

最初にも述べたように、中小企業のM&Aはほとんどが「仲介型」である。これはブローカービジネスに近いというのが筆者の考えである。

コンフリクトマネジメント(意見や利害の対立を受け入れたうえで問題解決を図る)の観点からもアドバイザー方式をお勧めするが、仮に仲介で取り組む場合にも売手、買手どちらかに偏ることなく、M&A成立後も両顧客に感謝されるようなエピソードを語れるディールを目指そうではありませんか。経験に勝るスキルはありませんから。

文:Antribe社長・小林伸行(M&Aアドバイザー