農業に漁業に林業。

日本の重要な1次産業は国内人口の減少や消費者の多様なニーズ、安価な海外産との競争激化により自主廃業や自然消滅するケースが少なくない。また、個人事業主であることが多く、第三者が事業を譲り受けようとしてもエビデンスがそろわない、感覚的な言い値や条件がまかり通る、など様々な要因から、結局は親族が継がない場合はいつの間にか廃業していた…という例がしばしばだ。

ところが最近、「地方創生」や「UIターン」への機運の高まりから、「見ず知らずの土地であっても1次産業を生業としてみたい」、「地元に帰って自然の中で家族が食うに困らないだけの生活を送りたい」などと考える人たちが増えてきている。実際に、第三者承継を実践しているケースもある。

事例1:観光果樹園を県外出身の公務員夫妻に託す

45年前から育ててきた1.2ヘクタールの観光果樹園を営むAさん夫妻は2年前、見ず知らずのBさん夫妻へ譲渡した。他人への継承はいくつもの壁があったが、Bさん夫妻のその後はほぼ営農計画通りで売り上げも順調だ。

Bさん夫妻は2人とも県外出身の公務員だった。行楽でAさん夫妻のブドウ園を訪れ、観光農業と果樹に興味を感じた。一方、Aさん夫妻の子どもたちは農業を継ぐ気はなく、また自宅から30分離れた園地に続く細い山道の運転が高齢で難しくなってきたことなどから、離農を考えていた。

「あんなに美しい園地はほかにない」といわれるまでにした園地の荒廃は辛い。そこで知人の勧めで県農業会議所の後継者を募集する農家のリストに登録。就農先を探していたBさん夫妻はリストでその果樹園を見つけ、会議所に問い合わせた。そして、継承に向けた会議を何度も開いた。

結果、B夫妻は子どもを連れて同集落に移住。2年後の継承に向けてA夫妻の元で研修を始め、草刈りや配達などに励んだ。具体的には書けないが、途中、契約問題で齟齬(そご)が生じた時期もあったが、最終的にはBさん夫妻が当初の金額から上乗せして契約をした。Aさんから過去の青色申告を見せてもらい、経営内容が良好だったことも決断を後押しした。継承を果たした今は、互いに感謝する良好な関係にある。

事例2:脱サラして牛舎経営に

畜産業界でも親子間だけでなく、第三者も含めた畜産継承に力を入れている人達もいる。難しい他人同士の継承には、地元関係者が一丸になっていることが絶対条件。あるJA(農協)関係者は夫の死後、様子を見てCさんに今後の経営方針を聞いていく中で、第三者への継承の道もあることを説明してみた。

20頭を超す牛の飼育は1人では難しい。Cさんは迷った結果、第三者への継承を決めた。そこで牛舎の継承を希望した畜産農家などを紹介し、その中から知り合いで亡くなった夫が信頼していたDさんに託したいと考えた。

一方、Dさんは牛飼いになるのが夢だった。脱サラしての牛舎経営である。様々な人達の協力を得て「JA畜産経営継承支援事業」を利用した。これは継承に関わる費用のうち2分の1以内をJAが助成してくれる制度。同事業は2001年に創設し、300件以上が継承に至っている。

資産をいったんJAが負担するためリスクはあるが、1次産業を支えるために取り組んでいる。当事者が顔を合わせる話し合いにはJA担当者だけでなく、場合によって地域の畜産農家のリーダーや契約書作成などにかかる各種専門家が同席することもある。このように産地一丸の体制が、第三者への継承の課題解決につながっている。

写真はイメージです

「夢」をお手伝いする発想も

M&Aビジネス関係者の立場からすると、1次産業の承継案件は割に合わない案件が大半であろうと予測される。それでも長期的な視点で考えれば農家や畜産、林業などは小さくてもこの国になくてならない産業なのも事実である。

そういった貴重な経営資源と考えれば、経済合理性はとりあえず横に置いといて今、目の前にいる人達の要望や夢のお手伝いをすることも大切なことなのではなかろうか。筆者としても1次産業関係者で事業承継問題で悩んでいる皆さんの力になりたい。

文:Antribe社長・小林伸行(M&Aアドバイザー