M&Aにおいて「秘密保持」は必ず守らなければならないルールの一つです。一度情報が漏洩すると止めることは至難の業です。実はこの「秘密」は譲渡企業側から漏れるケースが多いことをご存知でしょうか。

ケース① 全従業員が辞表を持ってきた

K社は財務内容も良く、従業員に資格保有者も多数いるなど、これならすぐにお相手が見つかるだろうという優良案件でした。その会社を初めて訪問した際に、社長の口から驚く発言がありました。

「今回の譲渡の話しはもう従業員に説明して了解を得ているから大丈夫だ。後はよろしくお願いします」と。んっ!? 私はすぐに場所を個室に移し、社長に「それは従業員の皆様の不安をあおることになりませんか」と何度も申し上げました。ところが、社長は「大丈夫」と自信満々です。

それから数週間後、社長から譲渡について断りの連絡がありました。全従業員が辞表を持ってきたというのです。今の時期であれば他の会社にも行けるからと従業員の方たちは考えたようです。こうしたことがあるので、秘密保持は絶対に守らなければいけません。

このケースの場合も、最終契約した後であれば従業員に「待遇は何も変わらないから安心してほしい」と言うこともできます。しかし、早い段階でM&Aの話が従業員に伝わると「会社はどうなるの?」「自分の待遇は?」と不安になり辞めてしまうのです。

ケース② “孤独”に耐えられず、つい口を滑らした

M&Aによる事業承継を考えている社長様には必ず「秘密保持」をお願いする。と申し上げました。しかし、「孤独」に耐えられず言ってしまう方が多いのを皆さんご存知でしょうか。

交渉を進めている相手で本当にいいのか、後で関係者から「何で相談してくれなかったのか」と責められるのではないか……。誰にも相談できない孤独からつい口を滑らせてしまうのです。この事例の社長の場合、交渉相手が決まった段階で秘密を話してしまいました。すると、連日従業員から雇用条件はどうなるのか聞かれるようになったというのです。

交渉相手が決まったとはいえ、具体的な条件はこれからの話し合いで決まります。今後の雇用がどうなるかということは無責任に発言できません。結果からいうと、このケースは最終的に何とかすべての雇用は確保されましたが、譲渡側の社長は従業員から毎日「自分達はどうなるのか」と詰め寄られていたそうです。

仲のいい社長に相談するのもNG

最後にもう一度。M&Aの「秘密」は譲渡側から漏れます。一方、譲受側(買い手)は秘密が漏れてしまうと、相手が不利になることを知っています。すると、M&Aをした後に期待した相乗効果が見込めない確率が高まるため絶対に口外しません。

時に、譲渡企業の社長が仲のいい社長に「こういう企業とM&Aをしようと思うんだけど、どう思う」などと相談してしまうことがあります。これも、結果として自社の従業員まで話が広がり取り返しがつかなくなりますのでくれぐれもご注意下さい。

文:Antribe社長・小林伸行(M&Aアドバイザー