怖い話(2)「ここから地獄の1丁目」転落の第一歩となったM&A

「これで液晶にも打ち勝てる」。パイオニア<6773>の伊藤周男社長(当時)は記者会見で胸を張った。2004年2月、日本電気(NEC)<6701>はプラズマテレビ製造子会社のNECプラズマディスプレイ(NPD)をパイオニアに譲渡すると発表した。

伊藤社長は経営統合によるメリットとして、プラズマディスプレーパネル生産枚数の増加と技術力の統合を強調。同年3月の経営統合でパイオニアのプラズマディスプレーパネルの生産枚数は約110万枚となり、世界シェアは22%と一躍トップに躍り出た。しかし、それはパイオニアにとって「地獄の1丁目」となる。

当時は性能面で互角だったプラズマと液晶。パイオニアはM&Aによる生産枚数の増加と技術力の統合で液晶との差別化を図り、薄型大画面テレビ市場でプラズマが主導権を握る構想を立てていた。

パイオニアは1998年に制定した中期経営計画を実現するため、プラズマディスプレーパネル事業の拡大を最重要課題と判断。第4ライン整備に続き、400億円(推定)をかけてNPDの買収に乗り出したのだ。

NPD買収会見で過大な設備投資ではないかと質問が飛ぶと、伊藤社長は「ホームエンターテイメントの中心はディスプレー。プラズマも液晶も普及しないケースなど考えられない」と一笑に付した。

1997年11月に発売したパイオニア初のプラズマテレビ(同社ホームページより)

伊藤社長の予測は的中する。が、皮肉にも普及したのはプラズマではなく液晶だった。液晶陣営のシャープ<6753>や韓国・サムスン電子などが、パイオニアを上回る超大型設備投資を断行。これによる歩留まり率上昇に伴うコストダウンや品質の向上もあって、液晶の優位性が一気に高まった。

NPD買収から4年後の2008年をピークに、プラズマは薄型大画面テレビ市場でシェアを落としていくことになる。そうなると家電量販店も冷たいもので、これまでは液晶と並んで中央に陳列されていたプラズマが、徐々に売り場の目立たない場所に追いやられ、ますます売れなくなるという悪循環に陥る。

2009年2月にパイオニアはプラズマディスプレー事業からの撤退を発表。その後はカーナビなどの車載機器にシフトするが、プラズマ事業で負った痛手は大きく、本格的な業績改善を見ないまま、ついに「最後の牙城」であるカーナビ事業の「身売り」話が進んでいる。