夏の風物詩と言えば「怪談」。世にも奇妙な物語で肝を冷やし、一服の涼を求める。だが怪談は何も幽霊話だけではない。M&Aにまつわる「本当にあった怖い話」はどこにでも転がっている。あなたもM&Aで「肝を冷やす」ことがないよう他山の石としてほしい。

怖い話(1)「思わぬお荷物」が置き去りに

日本企業が東南アジアの中堅製造業を買収した。無事に調印も終わり、現地子会社として再スタートを切ったその日に労働組合の代表がやって来た。

「実は賃金の一部が支払われていない。前経営陣からは、未払い分は買収した日本企業が支払うと言われている。まずはそれを支給してほしい」と言うのだ。驚いて前経営陣に連絡を取ったが、「譲渡契約を結んだ以上、こちらには関係ない」の一点張り。

どうしたものかと思案しているうちに、現地の監督省庁から「未払い分の給与を直ちに支払え。応じないようなら行政処分する」と厳しいお達しが来た。「そこまで厳しく追及するのなら、前の経営陣の時代にやってくれよ」という気持ちだが、無視するわけにもいかない。泣く泣く多額の未払い賃金を肩代わりすることに。

一連の交渉で労使関係もギスギスし、未払い賃金を支給されると大勢の労働者が一斉に依願退職。新規雇用や社員教育にも時間とコストを割かざるをえず、生産にも支障が。現地法人の収益は想定外の大赤字になってしまった。

新興国でのデューデリジェンスで見落としがあると大変なことに(Photp By ILO in Asia and the Pacific )

【では、どうすればよかったか】買収対象となる企業の価値やリスクなどを調査するデューデリジェンスが甘かったの一言に尽きる。特に財務諸表に記載されていない労使間のトラブルには注意すべきだ。デューデリジェンスの過程で、買収先の労働組合と接触して情報交換をするぐらいの慎重さはあっていい。

新興国の場合、監督省庁が自国寄りの裁定をすることが多いため、労使関係で現地従業員とトラブルになると、買収した外国企業が不利になると考えておいた方が良さそう。「あの国は労働規制が緩いと聞いて現地企業を買収したら、外国企業には極めて厳格だった」という話も珍しくない。デューデリジェンスでは企業だけでなく、現地の商習慣や行政の規制実態についても調査しておきたい。

そのためには信頼できる仲介・調査会社を利用するのが手っ取り早く、安全だ。コストはかかるが、甘いデューデリジェンスで失う時間や資金を考えれば十分ペイする。ただし、間違っても身元が明らかではない地元の自称「情報通」や「顔役」は近づいてきても利用しないこと。