「西郷」から次代のバトンを託される

ー明治維新で体制が一変し、旧武士の多くにとって最も生きにくい時代となりました。

体制が変わって直後、乗り切れなかった人たち、一方で乗り切れた人たちがいる。明治維新はまさにそうだった。昨日まで徳川幕府、今日から明治政府といっても、日常は昨日から今日、今日から明日へと続く中で、人間がすぐに変われるわけではない。どの時代であろうと人間は葛藤を抱える。その意味で、時代へのこだわりというよりも、そういう人間模様を描くことの方が楽しい。

物語の根幹のところで、(史実と)違うよという文献があったりし、大変な面もあったが、人の物語として割り切ったので、あまり時代に引っ張られないようにしていた。ただ明治を扱う以上、最低限のその時代への理解や愛着がないと、多分、それが読者に伝わるので、手の届く範囲で調べてその時代の空気感を練りこんだつもりだ。

ー主人公の志方錬一郎は秀逸のキャラクターです。部下のおっさんたちは、ひねくれもの同士ですが、これまた味わい深い面々です。

錬一郎は17歳の青年。だれもそうだろうが、人間としてどんどん成長していく中で、現実を見て、いい意味で自分のまっすぐ、悪い意味で凝り固まった部分をうまく曲げて、そうした経験を積んで大人になっていくのだと思う。これを主人公に再現してもらおうと考えた。

錬一郎には薬問屋奉公をきっぱりと辞め、武人として身を立てるという強い意思がある。「壮兵」として入隊を果たすためには、それこそ賄賂を使うし、脅しなだめすかし、ウソもつくというキャラにした。

ー錬一郎は、「菊地」という名の西郷隆盛と思しき人物と偶然に出会います。

西南戦争の中心にいた西郷は維新を成し遂げた功労者。幕末からの激動期を圧倒的な邁進力で駆け抜けてきた。若い時代を大義や夢のために突っ走ってきた西郷はこの後、死ぬ。かたや、錬一郎はこれから先を見据えて生きていく青年。実際、西南戦争後、国内の戦乱はなくなった。時代の移り変わり、世代交代の象徴として西郷を引っ張りだしたかった。

錬一郎を突き動かす「パアスエイド」とは

ーところで、作中、犬養記者が錬一郎に語る「パアスエイド」(Persuade)というカタカナは当時のはやりですか。

完璧に創作。ひねり出した。説得とか説諭の意味だが、その頃は大量に流れ込む外来語を咀嚼するのが精いっぱいで、まだ和訳された言葉がなく、英語をカタカナにして言っていた人がいてもおかしくないかなと。

後に首相になる犬養(毅)は当時、慶応義塾の学生。実際に郵便報知新聞の従軍記者を務めている。犬養は言論を武器として議会人の道を突き進む。まさにパアスエイドを実践した人だった。錬一郎も犬養に触発され、東京に遊学し、新たな人生のスタートラインに立つ。

ー1937年(昭和12)、西南戦争から60年後の錬一郎を描く終章のタイトルは「また負けたか大阪侍」です。

その後の近代日本は犬養と錬一郎が夢見た姿形とは異なる。理想を追い求めても、容易には手が届かないのが現実。前の世代は何かしらのタネをまいて、次の世代にバトンを渡して退場する。かつて西郷からバトンを託されたれたように、世代交代はそうしたものだという思いを込めた。