中国企業の経営者を紹介するシリーズ。今回は、美的集団(マイディア・グループ)の創業者で、前会長の何享健(ホー・シアンジェン)を取り上げる。

美的集団はグローバルでの呼称を「Midea/マイディア」に統一している。「マイ・アイディア(My idea)」という言葉に由来するという。

1968年に広東省で設立

2016年、美的集団は東芝の白物家電子会社、東芝ライフスタイルを買収した。美的集団への傘下入りに際し、注目されていたのが「東芝ブランド」の存続だったが、40年間にわたり東芝ブランドを継続使用するなどで合意したことが発表された。

美的集団は、空調機器や冷蔵庫などを幅広く手がける総合家電メーカー。1968年に広東省仏山市で、何享健を筆頭とする住民23人が共同で5000出資し、会社を設立したのが始まりだ。

当初は「北公社プラスチック生産グループ」と呼ばれ、プラスチック製品などを製造していた。1980年に扇風機の製造を始め、家電業界に参入した。翌81年に「美的(Midea)」を商標登録した。85年からエアコンの製造に乗り出した。

92年に、美的グループが設立され、従業員持株制度を導入した。93年には早くも、深圳証券取引所に上場した。従業員持株制度の創設には従業員と企業が「運命共同体」を形成する意図が込められているという。

会長退任後も家族経営と一線を画す

2012年、何享健は美的集団の会長を退任した。後任には美的集団傘下の「Midea Electric」の会長だった方洪波が就いた。現在、美的集団の取締役には何享健の一人息子である何剣鋒が名を連ねる。

何剣鋒は1994年に、広東省仏山市で「現代実業公司」という会社を立ち上げる。この会社は、家電のOEM(相手先ブランドによる生産)会社だった。2002年、この会社は「盈峰集団(Yingfengグループ)」に名称を変更し、傘下に5つの会社と2つの貿易会社を持つ企業グループに発展。取扱製品も120以上で、従業員も5000人を超えるまでになっていた。

2007年、何剣鋒は、深圳市に投資会社(現社名は広東盈峰投資控股集団有限公司)を設立する。この会社が「Midea Electric」の傘下のあった会社の株式を取得することになり、後に美的集団会長に就任する方洪波とビジネス上のつながりを持ったのだ。

事前に計画されたものではなかったが、上述したから、美的集団は何享健の息子を取締役の一人に迎える成り行きとなった。そうした中で、08年、周囲の人々の不安に応える形で、何享健はコメントを発表した。

美的集団はこれまで一度も家族経営の会社だったことはなく、後継について心配する必要はないと述べた。さらに、息子は美的集団の運営をするつもりはなく、将来にわたって健全な経営陣の管理のもとに会社は運営されると明言した。

ロボット業界に参入

美的集団はロボット事業にも参入した。16年、産業用ロボットの世界的大手、独クーカを買収した。日本を代表するロボットメーカーの安川電機とは2つの合弁会社を運営し、医療・介護分野のロボット開発で緊密な関係を築いている。(敬称略)

文:M&A online編集部