長編エンターテインメント小説に贈られる今年の第26回松本清張賞に、坂上泉さん(29)の『へぼ侍』(単行本化に際し「明治大阪へぼ侍 西南戦役遊撃壮兵実記」から改題。文藝春秋刊)が輝いた。

主人公の志方錬一郎は明治維新で没落した大阪の与力の跡取りだが、幼い頃から薬問屋に奉公する。それでも士族の誇りを失わない錬一郎は周囲から「へぼ侍」と揶揄される。明治10年(1877)に西南戦争が起きると、17歳の錬一郎は武功を立てるべく、「壮兵」にもぐり込む。かの「西郷」と戦地で運命的に対面するシーンも描かれる。

坂上さんにとっては事実上のデビュー作。本作品に託した思いや今後の執筆予定、会社勤めとの両立などについて語ってもらった。

大学時代の講義にヒントを得る

ー7月初めに書店に本が並びました。読者の反応や手ごたえはどうですか。

初めて出版で、思い入れがより深い。ツイッターなどネット上でどういう風な反響があるのだろうかと気になり、ついついチェックしてしまう。発信者が知っている人はもちろん、知らない人が読後に反応してくれると、うれしくなり、そのたびに「作者でございます」と断わり、お礼を返すこともしばしば。

自分たちは大学に入った頃から、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)が当たり前の世代。リアルタイムで反響を得て、それに著者自らが反応できるというのは一面おそろしくもあるが、ありがたいことだ。

ー執筆の動機は。

大学では近代史のゼミに入っていた。3年生の初め、西南戦争を扱うある講義の中で、当時の明治政府軍の編成で印象に残っていたことがあった。

西南戦争というと、鎮台と呼ばれる徴兵された軍隊対古い時代の武士を代表する薩摩というイメージがある。明治新政府は近代国家建設の緒についたばかり。鎮台の徴兵軍だけでは足りないので、旧武士で新政府に仕えていた士族をかき集め、ぎりぎりで戦っていたのが現実だった。

そんな中で、変わり種とされたのが大阪の剣客集団なる存在。政府軍の編成表によると、剣術道場の師範代らで構成する兵隊が「壮兵」として戦地に送り込まれていたというのだ。なかなかおもしろい話だと思っていた。

卒業して数年し、創作をやってみようというとき、ふと、大学時代の講義を思い出した。私は兵庫県出身で、当時は大阪で勤務。大阪を舞台に、歴史ものの物語を作っていみたいと考えた。

珍道中ものから、青年の成長譚に軌道修正

ーそれで、志錬館師範代・志方錬一郎の登場となるわけですね。

実は当初、戊辰戦争(明治元年~2年)で戦ったような、いい歳をしたおっさんが3、4人登場し、ぐだぐだ言いながら西南戦争に馳せ参じる珍道中ものをイメージしていた。

自分も20代だし、若い目線でそういう年格好の人たちを見る方が心情としても分かりやすく、物語としても一人の青年の成長譚として書いた方が楽しくなるはずだと思い、軌道修正した。おっさんたち3、4人の群像劇だったところに、突然、若い武士を紛れ込ませたのがこの物語の原型。

手探りで書き進めているうちに、出来上がった。腕試しの気持ちで新人賞に挑戦したところ、思いがけず最終選考まで残った。ただ、受賞についてはまったく覚悟も何もできていなかった。