中国企業の経営者を紹介するシリーズ。今回は、中国最大の検索エンジン会社、百度(バイドゥ)の創業者であり、現会長兼CEOのロビン・リー(李彦宏)。日本語での検索には、ほとんどの人が、グーグル(Google)やヤフー(Yahoo!)を使うだろう。同様に、中国語の検索は、ほとんどの人が百度を使う。筆者も中国にかかわるようになった15年前ほどから、ずっとお世話になっている。

北京大卒業後、米でコンピューターサイエンスを学ぶ

1968年、ロビン・リーは現在の山西省陽泉市で生まれた。ごく普通の家庭に育ったロビン・リーは幼い頃、演劇に夢中になり、山西陽泉晋劇団に入団していたほど。しかし、中学校以降は勉学に打ち込むようになる。

1987年、ロビン・リーは陽泉市トップの成績で北京大学に合格する。専攻は図書館情報学(現在の情報管理学)。在学中は、この分野の勉強に熱中することができなかったという。当時の中国では、大学卒業後、政府機関で公務員になるという道が、最善・最良の選択とされ、そいういう雰囲気になじめなかったらしい。

大学3年生の時、ロビン・リーは目標をアメリカ留学に定め、TOEFLなどの勉強を始めた。1991年、ニューヨーク州立大学バファロー校のコンピューター・サイエンス学部の合格通知を受け取る。

アメリカでの大学生活は順風満帆とはいかなかった。そもそも中国での大学時代、コンピューター分野を専攻していたわけではなかったので、専門用語の多い授業についていくことができなかった。昼間は授業を受け、夜は英語の補習、そして毎日深夜までプログラミングをして過ごした。

ウォール街、シリコンバレーで働く

米国生活の2年目、ロビン・リーは松下電器産業(現パナソニック)の現地法人でインターンシップを体験した。3カ月間に過ぎなかったが、このインターンシップが後に就職を決定するのに大きな影響を与えた、とロビン・リーは後に語っている。

1994年、ロビン・リーはウォール街にあるダウ・ジョーンズの子会社に就職。このウォール街の3年半、刻々とリアルタイムで金融ニュースが更新される「ウォ―ル・ストリート・ジャーナル」ネット版の金融情報システムのエンジニアとして働いた。

1997年にウォール街を離れ、西海岸のシリコンバレーに向かった。当時、検索エンジンの会社として有名だったインフォシークに就職した。シリコンバレーが持つ独特の雰囲気を十分に堪能した。マイクロソフト、ネットスケープなどの企業が急成長していた時代だった。