中国企業の経営者を紹介するシリーズ。今回は、比亜迪(BYD)グループの創業者で、現会長の王伝福(ワン・チュアンフー)を取り上げる。

比亜迪グループは、広東省深圳市に本社を置き、IT部品と自動車を経営の2本柱とする。米国の著名投資家ウォーレン・バフェット氏も同社に投資している。2010年、比亜迪グループ傘下の比亜迪自動車が日本の金型大手、オギハラの工場(群馬県内)を買収したことでも知られる。

両親を亡くし、困苦に直面した中学時代

王伝福は1966年、安徽省に生まれた。父親は優秀な木工職人だったが、性格は正直で、気丈であり、他人を助けることが好きだったという。父親は、仕事においては公私のけじめをはっきりと分け、当時としては開明的な考え方を持っていた。周囲から信頼され、尊敬されていたという。

一方、王伝福の母は、伝統的な良妻賢母であり、子供たちに優しく接し、温厚に育つように教育したという。このような家庭に育ったので、子供たちは粘り強く屈伏しない精神と気丈で正直な性格を受け継いだ。

王伝福には、姉が5人と兄が 1人、妹が1人いた。両親共々10人家族で、貧しいながらも、平穏に暮らしていた。しかし、王伝福が13歳の時、父親が病気で亡くなってしまう。

父親が亡くなったことにより、王家の家計は苦しくなり始める。前後して王伝福の五人の姉は次々と結婚し家を出ていき、妹は他の家の養子となった。そして、兄は学校をやめ、母と弟である王伝福を養うため、働き始めるようになる。

王伝福は学校をやめることはなかったが、このような家庭事情のため、同じ年頃の子供たちと比べて、しっかりしており、早熟だったことがうかがえる。学校でも、同級生たちとあまり話をせず、友達も少なかったという。

王伝福は家族の期待を一身に受け、全ての時間と精力を勉強に傾けた。成績で家族の期待に応えようとしていたのだ。しかし、2年後、王伝福が中学を卒業する頃、母が突然、この世を去ることになってしまう。この時、両親が兄と王伝福に残した財産は、藁ぶきの家だけだった。                                                                  

普通高校に進み、大学の道が開ける

当時、貧しい家庭の子どもたちは、中学を卒業すると、「中等専門学校」という専門学校へ行き、その後、就職するという進路が一般的だった。母が亡くなったことにより、王伝福は、進学を左右する大事な試験を受けられなかった。そのため、人気のあった中等専門学校に入学することができず、普通高校に入学した。

希望していた専門学校へ入学できず普通高校へ入学した王伝福だったが、意図せず、大学進学への道が開かれることになった。しかし、家計は厳しいままだった。王伝福の兄は、両親が亡くなった18歳の時に既に学校をやめ、王伝福を養うために働いていた。王伝福は、自分も働くべきなのではと考えていた。しかし、兄は一貫して弟を支え、大学へ進学するようにと励まし続けた。