中国企業の経営者を紹介するシリーズ。今回は、ファーウェイ(HUAWEI)の創業者である任正非(じんせいひ/Ren Zhengfei)を紹介する。

2018年12月、カナダのバンクーバーで、ファーウェイの最高財務責任者(CFO)である孟晩舟(もう ばんしゅう/Wanzhou Meng)が米国の対イラン貿易制裁に違反した疑いで逮捕された。逮捕された孟氏は創業者である任正非の娘にあたる人物である。

中国西南・貴州省の農村に生まれる

任正非は、1944年に貴州省安順市にある山に囲まれた、貧しい小さな村に生まれた。貴州省は中国の西南地区に位置し、北に四川省重慶市、東に湖南省、南に広西チワン族自治区、西に雲南省と接している。

任正非は、重慶建築工学学院(現在は、重慶大学に統合)で学び、卒業後に建設工学関連の会社に就職する。1974年、任正非はフランスから導入された化学工場建設プロジェクトのため、人民解放軍に入隊する。その後、1987年に、後のファーウェイとなる、「華為技術有限公司」を設立し、1988年に社長に就任した。

任家には兄弟が6人おり、父親は農村の中学校教師だった。任正非は貴州省の山岳地帯にある少数民族が住む地区にある小学校で学び、その後、貴州省内で高校まで進学する。

父親が教師だったことが、後の彼の人生に大きな影響を及ぼしていると言われている。彼は両親の教育のもと、早くから大学進学を目標としており、特に高校3年間は、勉強漬けの毎日を送ったとされている。

大学時代に文化大革命

1963年、任正非は重慶建築工学学院に入学する。あと1年で卒業となる頃、「文化大革命」が始まる。中学校教師だった任正非の父親も「知識分子」とみなされ、当時、「牛棚(牛小屋)」と呼ばれていた即席の収容施設に入れられることになってしまう。

重慶で学んでいた任正非は、それを知ると、汽車に乗り、父親の元へ帰ってきた。そんな任正非に、父親は「決して学ぶことをやめるな」と言ったという。

重慶に戻った任正非は、大学でますます勉強に没頭するようになり、コンピューターやデジタル技術などの専門的な技術を独学で学ぶと、論理と哲学にも興味は及んだという。また、3つの外国語の習得し、その外国語のレベルは、大学の教科書が読めるほどだったとされる。

「建築兵」として人民解放軍に入隊

1974年、フランスと共同で進められた遼陽化学繊維工場の建設プロジェクトに参加するため、任正非は建築兵として、人民解放軍に入隊した。当時、中国は中国北東部の遼陽市にある化学繊維工場の設備一式をフランスの会社から購入していた。

任正非は、プロジェクト開始時から建設が完了するまでの間、このプロジェクトを担当した。なお、任正非は軍内部において、地位がつかない立場であり、技術者、エンジニアなどを務めたと言われている。 任正非はまた、このプロジェクト建設に貢献した実績が認められ、1978年の中国科学大会、1982年の第12回中国共産党全国大会に出席することができたと言われている。