SPACは「ファイナンス」なのか、それとも「EXIT(出口戦略)」なのか

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Image by Gerd Altmann from Pixabay

SPACディールのストラクチャーはバイアウトストラクチャーの応用版

筆者はかつて、プライベートエクイティ(PE)投資会社において、いわゆるバイアウト投資業務に携わらせていただいた経験があります。実は、買収目的会社を活用し、ターゲット企業を買収した上で両者を合併して新会社を誕生させるスキームは、PE投資会社によるLBOスキームと本質的にはほぼ同等と思われます。

PEによる買収目的会社の活用は、ほとんどの場合、買収代金の一部を負債(LBOファイナンス)で調達し、買収完了後にSPCとターゲットを合併させることで、「借金のつけかえ」を行うことが目的です。

これに対して、SPAC(特別買収目的会社)を活用したIPOスキームでは、事業ボラティリティの高い(多くは急成長中だが赤字)スタートアップ企業がターゲットとなるため、LBOスキームを活用することは多くないと思われます。

SPACディールのもう一つの側面は「EXIT」

では、SPACを活用したIPOディールは、単にアンダーライター(引受証券)のプライシング(引受価格)に不満を持つ発行体と既存株主が、より良いファイナンスの機会と条件を獲得するためだけに行われるのでしょうか。おそらくそうではない、というのが今のところの筆者の見解です。

PE投資のLBOスキームからSPACのスキームのポイントを類推するに、このディールにはもう一つの重要な側面があると考えられます。それは、創業者の「EXIT」としてのディールの側面です。

SPACスキームの場合、SPACが調達した資金の多くは、原則としてターゲット(SPACに買収されることを望むスタートアップ)の既存株主に、株式譲渡の対価として支払われます。スタートアップは普通は創業者が最大株主としてオーナーシップを持っています。

つまりSPACがターゲット企業の筆頭株主として実質支配者になり、SPACとターゲット企業の合併を主導するためには、原則として創業者から持ち分を買取る必要があります。これは創業者から見ると「イグジット」にほかなりません。

普通のIPOは「ファイナンス」が主。「イグジット」は従。

もちろん、通常のIPOにおいても、創業者は創業利益を得るために、一定の保有株式を売り出しに回すことは一般的です。これに既存投資家(VC等)のイグジット分も含めた売出分と公募増資分を合算した額が、いわゆる「公開規模」になります。

この点においては通常のIPOにも「イグジット」の側面は確かにあります。IPOは程度の差はあれ、「ファイナンス」と「イグジット」のハイブリッドディールといえます。しかし、通常のIPOはあくまで「ファイナンス(調達)」が主で「イグジット(売却)」は従であることに異論の余地はないでしょう。

SPACディール161社中.130社で、筆頭株主は投資家集団や投資ファンドに代わっている(ように見える)

筆者は、SPACが最も通常のIPOと異なる点は、実はここにあると分析しています。2018年~2020年にかけて、SPACが買収したスタートアップ161社(SPACとターゲットの連結業績が2期以上開示されている会社(SPACとターゲットが合併済か否かは問わず))の株主構成を分析したところ、実にその約75%に当たる130社で、筆頭株主が投資ファンドや機関投資家になっています。

つまり、この点にフォーカスして敢えて単純化するなら、SPACディールとは、スタートアップの創業者が、SPACに創業者持ち分を売却することで、創業者利益を確定させてイグジットすると同時に、経営をプロ投資家やプロ経営者にバトンタッチする「イグジット/リキャップ(株主構成再構築)」ディールという側面がある。これが今のところ筆者の分析です。(但し、ファンドが筆頭株主に見えるケースでも、そのファンドの運営者や実質支配者が創業者である可能性もあり、この点はさらに厳密な分析が必要)

もちろん、SPACとターゲットが買収後に合併することにより、SPACが調達した資金の一部はターゲットの成長資金として活用されるはずです。従って、SPACによる資金調達に「ファイナンス」としての側面があることも確かです。しかし、現時点での筆者の分析では、多くのケースにおいて、「ファイナンス」の要素より「イグジット」の要素が強いように見える。

なぜ起業家はSPACイグジットを選ぶのか

では、筆者のこの分析が正しいという前提に立つ場合、なぜ米国の起業家は伝統的IPOではなく、SPACを活用したイグジット、又はセミイグジットを目指すのでしょうか。ここからは現時点では仮説にすぎませんが、いくつかポイントを挙げてみます。

ーSPACに売却した方が事業会社に売却するより高く売れる

米国では、スタートアップのイグジットの9割がM&Aだというのはよく知られた事実です。しかし、スタートアップのM&Aに関与しているとよく分かりますが、M&AとIPOではイグジット価格に大きな差が出ます。いうまでもなく、M&Aのバリュエーションの方が、IPOのバリュエーションより低くなるケースが圧倒的に多い。

この理由を詳しく分析するのは本稿の主目的ではありませんが、ざっくりいうならば、買収のリスクを単独の事業会社が引き受けるより、広く一般投資家に分散した方がリスクを負担し易い、という点がまず挙げられるでしょう。

また、事業会社がM&Aを検討する場合、そもそも自社の戦略に合致していないと検討すらしてくれない、という点が挙げられます。米国では、起業家の多くが「GAFAにイグジットする」前提で起業すると言います。これが都市伝説なのか、本当なのかは筆者には分かりませんが、「GAFAにイグジットする」のであれば、GAFAの長期戦略に合致した事業であることが前提となります。

しかし、GAFAの戦略も常に変わりますし、スタートアップも多くの場合ピボットを繰り返します。成長を実現した事業が、GAFAの戦略にうまいこと合致して、タイミングよく、高値で売却できる確率はかなり低いといえるでしょう。これは、イグジット先がGAFA以外であっても、基本的には同じです。スタートアップ創業者がイグジットしたい時に、事業会社に、IPOと遜色ないような価格でサクッと買ってもらうのは、とても難しいのです。

ー会社を「デカくする」ことに興味がない。

また、創業者には、それなりの確率で「経営に興味がない」人がいます。こういう人にとって、IPOした上でさらに会社を経営してデカくすることに情熱を持てない、というケースも多いのではないかと考えられます。言ってみれば、日本でいう上場ゴールに近いのかも知れません。規模は違えども、創業者とは多かれ少なかれそういう要素があるのは日本も米国も本当は同じなのではないかという気もします。

ーSPACは、創業者にとってIPOとM&Aイグジットの「いいところ取り」

このような起業家にとっては、これまでは事業会社へのM&Aがほぼ唯一のイグジットの選択肢でした。しかし、前述のように、事業会社へのM&AはIPOと比べて評価額が低く、しかも多くのケースの場合、ロックアップやアーンアウトなどという面倒なものまでくっついてきます。

死んだマグロのような目をしながら、事業会社の子会社で、雇われ社長として貴重な人生を何年も浪費するなんていまさら耐えられない。そういう創業者にとって、IPOに近い価格で持ち分をすべて買い取ってくれて、キレイに経営のバトンタッチができるSPACイグジットは、第三の選択肢としてかなり魅力的なのではないか。 

※注記:もちろん、SPACスキームでも、創業者は買収目的会社に再出資、又は株式交換を活用することで、合併後新会社の持ち分を一定程度得ることも可能です。これに加え、デュアルクラスを併用すれば、議決権の過半数を維持することすら可能です。実際には、SPACとデュアルクラスの併用事例はまだほとんどないようですが、いくつかの事例が出ているようです。ソフトバンクグループが主導するGrabのSPAC上場では、創業者のタン氏は、上場前の持ち分比率2.6%(これはさすがにダイリューションしすぎではないか・・)を、デュアルクラスの活用により議決権ベースで実に60.4%!まで引き上げます。

SPACディールで、米国スタートアップエコシステムはさらに加速するかも

筆者の分析が一定程度の正鵠を得ているならば、SPACディールが増加することで、創業者はより満足のいく条件でのイグジットを選択でき、より多くの創業者利益を獲得することになります。これは、イグジットした創業者が連続起業家になる場合も、エンジェル投資家になる場合も、プラスに働くことは間違いないでしょう。

SPACへの売却を通じて獲得されたより巨額の創業者利益や、ベンチャーキャピタルのリターンが、さらに新たなイノベーションに、「より短いサイクル」で、「より大きく」再投資されれば、米国のスタートアップエコシステムはさらに強固になるかも知れません。嗚呼、なんと恐ろしいことでしょう。

「ファイナンス」側面だけでなく「イグジット」側面にも注目すべき

では、これまでの分析を前提として、SPACについて巷で言われる分析についても少し触れてみます。SPACについて今のところ多くいわれているのはおおよそ次の点でしょう。

・通常のIPOより審査が緩い、早く上場できる(裏口上場)
・証券会社に引受手数料をがっつり抜かれるのはいやだ(直接上場)

既存のSPACに対する評価・議論は、特に日本ではこの2点に大体集約されるのではないかと思います。確かに裏口上場も、8~10%にもなる証券会社の「中抜き」も、既存のIPOの問題点を表していることは確かでしょう。しかし、SPACを「ファイナンス」の一形態とだけ捉えてしまうのではなく、「イグジット」ディールとしての側面にも注目すべき。筆者は今のところそう感じています。

SPACに買収されたスタートアップの「その後」はどうなるのか

最後にもう一つ。SPACで上場し、創業者がプロ経営者にバトンタッチした場合、そのスタートアップはその後どうなるのでしょうか。おおよそ3つのストーリーが考えられます。

ケース1:つまらない普通の会社になる
創業者のカリスマ性や特殊能力、起業家精神で牽引されてきたスタートアップが、起業家精神を失って「普通かそれ以下のつまらない会社」になるがそれなりに存続していく。

ケース2:優等生企業として成長
「創業者の独断と偏見、独善により「偏ったいびつな会社」が、「大人のプロ経営者」にバトンタッチして、「株主の期待にこたえ続ける優良企業」として発展していく。

ケース3:張り子の虎によるトラブル続出
もともと、独自の優位性も競争力もないスタートアップが、創業者の「イグジット」でうまく売り抜けただけの「張り子の虎」であることが衆目にさらされ、粉飾、訴訟などのトラブル続出で投資家に損害を与える。

SPACはPEの新たな「飯のタネ」になるか。まずはお手並み拝見。

どのケースが結局SPACの「主流」となるのか。鍵を握るのはやはりSPACの組成者、リード投資家でしょう。SPACは、例えばVIRGIN創業者のリチャードブロンソンのようなスーパー連続起業家が中心となって組成するように理解されているかもしれません。

しかし、SPACのアレンジャーを見てみると、実はバイアウトファンドのプレイヤーが非常に多いことに気が付きます。EYの調査では、直近15カ月に組成されたSPACの10%はPEによるものです。

前述のように、スタートアップは多くが赤字であり、伝統的LBOはあまりなじまないでしょう。SPACの多くは、ノーレバレッジ(買収資金にローンを活用しない)スキームで組成、運用されているようです。

つまり、SPACに参入したバイアウトファンドは、基本的にはこつこつと買収したスタートアップの価値を向上させていく必要があります。その結果が、上記のケース1~3、いずれになるかは、あと5年もすれば明らかになるでしょう。

またその時、SPAC投資をしたPEは、どのような手法でこの投資を回収するのか。PIPEsなのか、「会社転売ヤー」の本領を発揮し、非公開化によってLBOでもさらにがっつり儲けを狙うのか。その手法も含め、まずは「お手並み拝見」フェーズだというのが、SPACの現在地といえるでしょう。

西澤龍(IGNiTE PARTNERS株式会社 代表)noteより転載

西澤 龍 (にしざわ・りゅう)

IGNiTE CAPITAL PARTNERS株式会社 (イグナイトキャピタルパートナーズ株式会社)代表取締役/パートナー

投資ファンド運営会社において、不動産投資ファンド運営業務等を経て、GMDコーポレートファイナンス(現KPMG FAS)に参画。 M&Aアドバイザリー業務に従事。その後、JAFCO事業投資本部にて、マネジメントバイアウト(MBO)投資業務に従事。投資案件発掘活動、買収・売却や、投資先の株式公開支援に携わる。そののち、IBMビジネスコンサルティングサービス(IBCS 現在IBMに統合)に参画し、事業ポートフォリオ戦略立案、ベンチャー設立支援等、コーポレートファイナンス領域を中心にプロジェクトに参画。2013年にIGNiTE設立。ファイナンシャルアドバイザリー業務に加え、自己資金によるベンチャー投資を推進。

横浜国立大学経済学部国際経済学科卒業(マクロ経済政策、国際経済論)
公益社団法人 日本証券アナリスト協会検定会員 CMA®、日本ファイナンス学会会員

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