前回のコラムでは、プライベートカンパニーの春を謳歌する優良受託会社が、プロダクトスタートアップにチャレンジしたとき、「VCの活用はひとつの選択肢になる」と書きました。今回は、VCととともに乗り越えるべき、「死の谷」について書きます。題材は再び、NHK連続テレビ小説(朝ドラ)『まんぷく』でおなじみの立花萬平のモデルになった日清食品創業者・安藤百福氏です。

萬平さんはどのように「死の谷」を乗り越えたのか

スタートアップ企業が自社製品やサービスの開発に没頭し、試作品を作っても顧客にダメ出しをされ、七転八倒を重ねて製品化していくプロセス。初期投資が嵩み、資金はどんどん減っていく。しかし、まだ売り上げが見えない・・・。ここがまさに「死の谷」の“ど真ん中”です。

『まんぷく』では、ちょうどいま、萬平さんが庭に作った掘っ建て小屋の中で、即席ラーメンの開発に没頭しています。萬平さんは信用組合の理事長を辞したのち、嫁ブロックならぬ、過酷な「姑ブロック」をものともせず、再び起業家(朝ドラでは「発明家」)として立ち上がり、インスタントラーメンの着想を得て開発に没頭します。

萬平さんは別の会社の正社員になることや、他社からの受託や二次請けなど、安定的に稼ぐことはまったく考えず、自社製品の開発に特化して勝負をかけます。そして世界初のインスタントラーメン(チキンラーメン)の開発に成功しました。まさに生まれながらの起業家ともいうべき人です。

萬平さんこと安藤百福氏が「死の谷」を越えられた理由は、天才発明家としての才能、執念と努力、そして家族や周囲の支えによるものに違いありません。しかし、その解釈だけではスタートアップ起業家に向けた示唆にはなりません。そこで個人的見解ですが、「死の谷」を乗り越える際に重要と感じるポイントを、4つあげてみたいと思います。

■ポイント1:提供すべき価値の定義から出発する

萬平さん(安藤氏)は、ラーメンを作るときに最初に5つの目標を立てます。

第一に、おいしくて飽きがこない味にする。
第二に、家庭の台所に常備されるような保存性の高いものにする。
第三に、調理に手間がかからない簡便な食品にする。
第四に、値段が安いこと。
第五に、人の口に入るものだから安全で衛生的でなければならない。

(以上、引用元:日経新聞「私の履歴書」より)

「研究」や「開発」が好きな起業家は、どうしても「技術から発想」しがちです。ところが萬平さん(安藤氏)が掲げたこの5つの目標には、「おいしい」「飽きない」「楽ちん」「お値打ち」「安全」という6つの顧客価値要件が入っており、最初から完全に提供価値ベースで開発を考えているのです。 

このように、価値ドリブンですべてを発想する、というのは、簡単なようでとても難しい。特に技術者出身の経営者は、かなり思考訓練しないとできないというのが実感です。

※参照コラムはこちら:「エンジニア出身の起業家が陥りがちな残念なプレゼン

学問としてのマーケティング領域では、このような顧客視点、顧客価値ベースでの考え方は「基本中の基本」です。しかし、マーケティングの神様といわれるフィリップ・コトラー氏が、代表作の『マーケティング・マネジメント』を出版したのは1967年。一方で、安藤氏がチキンラーメンを完成させたのは1958年。世界的にマーケティングの考え方が普及していくはるか前から、提供価値ドリブンで開発を進めたのは、やはり天才起業家であるがゆえでしょう。

■ポイント2:バーンレートを極小化する

次のポイントは、「お金の使い方」です。バーンレート(Burn Rate;資本燃焼率)とは、月々のキャッシュアウトのことで、これはもちろん低い方がよい。極力余計な支出をしないというのも、簡単なようでいて難しい。特に、スタートアップの資金調達環境が比較的良い今のような環境だと、ついジャブジャブとお金を使いがちです。

一方で、萬平さん(安藤氏)は、絞るところは絞りつつ、必要不可欠な研究素材(鶏ガラなど)には投資を惜しみません。この「どこを削りつつ、どこで思い切って使うか」というのは、まさに経営判断そのもので、創業者にしかできないことです。やはりこれも、当初掲げた開発目標と目指すべき提供価値が明確だからこそ、なにに投資すべきか(またはすべきでないか)の正しい判断ができたのでしょう。

■ポイント3:キャッシュに対する鋭い感覚(→ここからネタバレ注意)

ここから先は、朝ドラの萬平さんではなく、モデルとなっている安藤百福氏の方針です。安藤氏は、専門外の信用組合の理事長を引き受け、経営に失敗したことを大いに悔いると同時に、銀行との付き合い方の難しさを痛感しました。そこで、ラーメン事業では無借金経営を貫くことにします。

チキンラーメンの開発に成功し、量産が視野に入ると、問屋に対して現金商売を求めます。このあたりの経緯は日経新聞の「私の履歴書」に詳しく書かれていますが、当時は問屋との取引は掛けが当たり前の時代。厳しい資金繰りの中で必要に迫られたということもあるでしょうが、きちんとキャッシュを見極めながら事業を考えていくところは、単なる発明家を超えた、安藤氏の経営者としての才覚を示す一面です。 

無借金を貫いた安藤氏ですが、エクイティファイナンスについてはどうだったでしょうか。日清食品が即席麺を売り出した時代、日本はおろか米国でもベンチャーキャピタルは存在しませんでした。いわゆる篤志家(今で言うエンジェル投資家、パトロンのこと)による資金提供が少し行われていた程度でしょう。

安藤氏は基本的に、自己資金のみでプロダクトビジネスを開花させましたが、その後株式公開をして大型の資金調達をし、一気に工場を拡張します。銀行融資は活用しないが、エクイティファイナンスは効果的に活用した点も、安藤氏の起業家としての特徴のひとつではないかと感じます。「食足世平」という日清食品の企業理念を実現するためには、世の中に広く商品を提供できる大きな企業になることが必須と考えられたのでしょう。

■ポイント4:~知財化戦略~で大ヒット商品を

最後に、安藤氏の天才事業家としてのもうひとつのさらなる才覚について触れます。