外国人投資家による上場企業への出資規制を強化する改正外為法が2020年春に施行される。「国の安全」や「公の秩序」などの指定業種について事前届出の基準となる出資比率を、現在の「10%以上」から「1%以上」に厳格化する。近年、安全保障の観点から対内直接投資の審査基準を厳格化する法改正を欧米各国が相次いで行っており、国際的な安全保障の枠組みを整備する機運が高まっている。

届出基準の厳格化で電力会社に対する買収の脅威はなくなるのか。エネルギー政策に詳しい橘川武郎東京理科大学大学院教授に聞いた。

TCIが目をつけたJパワー

ー最近、物言う株主の動きが活発化しています。思い出されるのが2008年に外為法で唯一の中止命令が出された英アクティビストファンドのザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド(TCI)の騒動です。TCIが目をつけた電源開発(Jパワー)とはどんな会社ですか。

Jパワーは成り立ちが変わった会社で、GHQの占領が終了した1952年に政府が出資する*特殊会社として発足しました。当時GHQは火力発電を主とする民間の電力会社(九電力)を支持していましたが、通商産業省(現経済産業省)がこれに対抗する形でもう一度、電源の開発を国家管理に戻そうと考えたのです。

戦後の電力不足で大型の水力発電所建設を計画しましたが、膨大な初期投資が必要となるため、「ならば国が助けないと」と政府主導でJパワーを発足しました。こうした歴史的背景からJパワーと他の電力会社は折り合いが悪かったのです。

*正確には政府が3分の2、沖縄を除く九電力が残りの3分の1を出資

〇戦後の電力業界の歩み

年月出来事
年月 戦後の電力業界の歩み
1945年8月 ポツダム宣言受諾(日本の終戦の日)
1951年5月 GHQ主導により地域ブロック分割による民営化で9つの電力会社が発足
1952年4月 GHQの占領が解除される
1952年9月 政府出資の特殊法人として卸電力の電源開発が発足
1957年11月 原子力発電専門卸電力の日本原子力発電を設立
1972年5月 沖縄返還に伴い、政府出資の特殊法人として沖縄電力が誕生
1988年10月 沖縄電力が民営化、10電力体制となる
1995年4月 電力卸売自由化
2000年4月 特別高圧小売自由化、特定規模電気事業者(PPS)新規参入可能に
2004年10月 電源開発が東証一部上場、完全民営化となる
2004年11月 国際石油開発が東証一部上場
2011年3月 東日本大震災 福島第一原発事故
2016年4月 電力小売の全面自由化
2017年4月 都市ガス小売の全面自由化
2020年4月 送配電ネットワーク部門の法的分離(発送電分離)
2022年4月予定 ガス導管部門の法的分離

監修:橘川武郎教授/M&A Online編集部作成

ーJパワーはTCIが買い増しを進めていた2008年5月に大間原子力発電所(青森県大間町)の建設に着工します。TCIがJパワーに目をつけた理由は原子力だったのでしょうか。

原子力ではなく、別のところに理由がありました。Jパワーは佐久間ダムに続き、「OTM」と称される―奥只見ダム、田子倉ダム、御母衣(みほろ)ダムなど巨大な水力発電所を建設しましたが、現在のコアコンピタンスは違って、2つあります。ひとつは世界最高水準の熱効率を誇る「石炭火力発電」。その象徴が出力60万キロワットの神奈川県横浜市の磯子火力発電所二号機です。

もうひとつは「系統」、いわゆる連系送電線です。北海道と本州、四国と本州、本州と九州など全国各地で基幹送電線を保有しています。ほかには周波数の異なる東日本と西日本をつなぐ佐久間の周波数変換所があります。要は日本の送電網の節目を担っており、そこを押さえられてしまうと相当に問題だったのです。

なぜJパワー株の買収が可能だったのか

東京理科大学大学院 橘川武郎教授

ーJパワーは日本の電力の要となる事業を展開する企業です。なぜTCIは、Jパワー株を容易に手に入れることができたのですか。

完全民営化の際に政府が放出した株式を取得したからです。90年代に原油価格が下がると、エネルギーを市場で調達すればいいじゃないかという機運が高まり、Jパワーは2004年10月に東証一部に上場しました。

九電力は上場後も株式保有の継続を希望しましたが、当時の小泉政権下で完全民営化が閣議決定され、政府や電力会社が保有していた株式は全て売却することになりました。このとき放出された株をTCIが買った、というわけです。

後から考えるとこれが油断だったのですが、1%でも政府が保有していると拒否権を発動できる「黄金株(拒否権付種類株式)」を入れずに完全民営化したのです。

ー黄金株は、2006年の会社法施行で導入が可能となりました。もう少し遅ければ…ということですか。

いや、Jパワーとほぼ同時期の2004年11月に上場した国際石油開発(現在は帝国石油と経営統合して国際石油開発帝石)は、黄金株を発行している唯一の上場会社として認められています。黄金株を入れると株式市場の評価は悪くなりますから、経営者としては入れたくなかったのでしょう。

〇TCIの国内での活動(2006年-14年)

月日TCIの活動
2006年 10月18日 大量保有報告書を提出、Jパワー株を5.07%取得したことが判明
10月26日 Jパワー株を6.10%まで買い増し
11月6日 Jパワー株を7.17%まで買い増し
11月15日 Jパワー株を8.21%まで買い増し
11月28日 Jパワー株を9.40%まで買い増し
2007年 3月7日 Jパワーの保有目的を「純投資」から「重要提案行為などを代理する」に変更、9.90%まで買い増し
11月22日 Jパワーに経営改善を求める公開レターを送る
2008年 1月15日 Jパワー株を20%に買い増しするため事前届出を提出
4月15日 政府に対し、大間原子力発電所を政府傘下の別会社に移転するなど新たな提案を行う
4月16日 外為法に基づく中止勧告を受ける
4月17日 定時株主総会に向けて増配などを求める株主提案を実施
4月25日 中止勧告の応諾を拒否すると回答
5月13日 外為法に基づく中止命令を受ける
5月21日 TCIアジア代表のジョン・ホー氏が都内で記者会見を開く
6月26日 Jパワーの株主総会でTCIの株主提案が全て否決される
6月27日 中部電力の株主総会で増配を提案、否決される(1.4%保有)
11月6日 変更報告書を提出、Jパワーの保有株式を全て(9.90%)売却したことが判明
2012年 6月22日 日本たばこ産業(JT)の株主総会でTCIの株主提案が全て否決される
2013年 6月20日 昨年に続き、JTの株主総会でTCIの株主提案が全て否決される
2014年 6月24日 JTの株主総会でTCIの株主提案が全て否決される(3回目)

M&A Online編集部作成

ー当時、TCIのアジア部門(香港)を代表するジョン・ホー氏はJパワーの株式を取得すると、さらに買い増しを狙って日本にやってきましたが、要求通りに事は運びませんでした。

TCIの行動は、黄金株を入れなかったスキをつかれた格好で、政府は相当焦ったと思います。結論から言うと、外国為替及び外国貿易法(外為法)の規定に基づき対内直接投資の中止命令を出しました。

ー政府の介入にTCIは当然、納得しませんでしたね。

TCIは「合法的な資本投資が拒否されたことによって日本の資産は低く見積もられることになる」と政府の対応を非難しましたが、最終的には(政府を相手に勝ち目がないので)手を引きました。

日本だけではない 規制を強める欧米各国

ー甘利明経産相(当時)は中止命令の決定に際し、「日本が欧米先進国に比べ、閉鎖的ということは全くない」と述べています。

TCIの中止事例は、(対外的に)「エネルギーの根幹に関わる投資は国家が止めるぞ」というサインにはなったと思います。一方で政府の対応に「証券市場をゆがめることになる」とかなり批判が渦巻いたのも確かです。

〇安全保障に基づくG7各国による法改正の動き

事前届出・審査制度

国名 対象業種 株式所有等の割合 法改正
アメリカ 特定の投資 下限なし 2018年
イギリス なし なし 2018年
フランス 指定業種 33.3%2018-9年
ドイツ 指定業種 10%2018年
イタリア 指定業種 3%2017年
カナダ 全業種 名目額の閾値あり  
日本 指定業種 10%→1%2019-20年

事後介入

国名 対象業種 介入の内容
アメリカ 業種による制限なし 株式売却命令が可能
イギリス 業種による制限なし 株式売却命令が可能
フランス 指定業種のみ 株式売却命令が可能
ドイツ 業種による制限なし 株式売却命令が可能
イタリア 指定業種のみ 株式売却命令が可能
カナダ 業種による制限なし 株式売却命令が可能
日本 指定業種のみ 指定業種の一部のみ→指定業種全てで株式売却命令が可能

(出所)財務省国際局 外為法改正について「G7各国の対内直接投資審査制度の概要」より作成

ーTCIはJパワーのほかに中部電力の大口株主でもありました。外資から電力会社が狙われるというリスクは想定していなかったのでしょうか。

いや、TCI以前にも潜在的脅威はありました。2001年に倒産した米大手総合エネルギー会社のエンロンが、四国電力やJパワーを本気で買収しようと検討したほか、ロシアのガスプロムが東京電力を買収するという話もありました。

資金力もあるエンロンが本気で買収しそうだったので、電力会社と日本政府は戦々恐々としていたのですが、エンロンの倒産で業界内がほっとしたのかも知れません。TCIの存在はあまり知られていなかったようです。

外為法改正で買収は不可能になるのか

ー今春には外為法が改正されます。対内直接投資で「国の安全」や「公の秩序」などの事前届出対象業種は、上場企業等の株式または議決権取得の1%でも事前届出が必要となり、審査も厳しくなると聞きます。

〇事前届出対象業種

審査基準 事前届出対象業種
国の安全 武器、航空機、原子力、宇宙関連、軍事転用可能な汎用品製造業、サイバーセキュリティ―関連*
公の秩序 電気・ガス、熱供給、通信事業、放送事業、水道、鉄道、旅客運送
公衆の安全 生物学的製剤製造業、警備業
経済の円滑運営 農林水産、石油、皮川関連、航空運輸、海運

*受託開発ソフトウェア業、組込みソフトウェア業、パッケージソフトウェア業、情報処理サービス業、インターネット利用サポート業が追加された

経済産業省は、エネルギー企業の株の動向を当然みていると思います。政府は過去にTCIの中止命令を出したので、そう簡単には買収できないよ、と思っているはずです。

ー国内のM&A市場では敵対的買収も活発になりつつありますが、電力関連株に対して買収を仕掛けるという話は聞きません。これは政府の介入を恐れて手を出さないのでしょうか

それもありますが、もう一つ別の理由があります。東日本大震災で状況が大きく変わってしまい、日本のエネルギー産業に対する魅力が減ったからです。(次回に続く)

聞き手・文:M&A Online編集部 松本ひでみ