全国の頑張る中小企業を応援したい。こんな掛け声とともに、お菓子を使った企業プロデュースを手がけるESSPRIDE(エスプライド、東京都渋谷区)が社長のカード(ブロマイド)付きポテトチップスを展開している。名づけて「社長チップス」。2016年に商品化し、登場した社長は約400人。企業の採用活動やPRに一役買っているほか、地域経済活性化への期待も大きい。商品化の経緯や今後の方向性などを、西川世一社長に聞いた。

自分たちにしか提供できない事業をつくる

ーお菓子の可能性に着目したきっかけは何だったのですか。

20代の初めに父親が愛知県内で経営する段ボールなど包装資材を取り扱う会社に入社した。社員は数人。仕入れた段ボールを加工して納品するのが主体。他社との差別化の余地がほとんどなく、値引き要請も頻繁で、何円、何十銭を争う価格勝負の世界だった。そうした中、自分たちにしか提供できない事業を生み出す必要性を強く感じるようになった。

手を変え品を変え営業を繰り返していたところ、競艇場から来場者記念用として10万人分のノベルティを企画してくれないかとの話が舞い込んだ。

この1件だけで当時の月商に相当する大きな受注。選手を模したフィギュア(人形)と金平糖を箱詰めするアイデアを提案した。フィギュアは競艇場側から支給されたが、金平糖については協力メーカー探しから始め、何とか間に合わせることができた。結果は思いのほか好評だった。これがお菓子との出合いだった。

ーお菓子の活用に商機を見いだしたというわけですね。

お菓子をコミュニケーション・ツールとして、クライアント企業のファンづくりやブランディングの支援につなげられないかと考えた。お菓子は誰にも好まれ、親しみがある。元々、包装資材を扱っていたので、パッケージのデザインなど見せ方を工夫すれば、より記憶に残るものが提案できると思った。

地元に出店している大手スーパーのイベントや自動車ディーラーの新車販売などで、企画の依頼が少しずつ寄せられるようになり、手ごたえを感じ始めた。2005年、26 歳の時、独立・分社する形で、会社を立ち上げた。お菓子と出合ってほぼ1年後のことだ。

プロ野球界から仕事を受ける

ー順調に立ち上がったのですか。

(父親の会社以外に)一般企業に勤めたことがない。しかもビジネス的な経験値もほとんどない。すべてが試行錯誤のスタートだった。

現在、中小・零細の菓子メーカーを主体に協力工場は約200社。しかし、初めの頃は、小ロットのオリジナル品を製造してくれる先は皆無に近い状態で、やむを得ず、既製品を問屋から仕入れて対応することもあった。

お菓子のパッケージのサンプルを作ってはカタログにして走り回る毎日だったが、全然相手にしてくれない有り様。ただ、代理店を極力介さず、クライアント企業と直接つながるビジネスにしたいという思いがあり、地道な営業努力が少しずつ認められるようになった。

ー企業だけでなく、プロ野球、Jリーグ、人気アーチスト、テーマパークなど、今やクライアントには錚々(そうそう)たる顔ぶれが並びます。

大手どころで最初に声をかけてくれたのがプロ野球のある球団。球場を訪れるファン向け菓子類(現在約120アイテム)のプロデュースにとどまらず、何と売場の運営までを含めて当社に依頼があった。8年ほど前のことだが、理由を聞くと「(君の会社は)ファンキーだから」と言われた。最大限のほめ言葉だと心から感謝した。

球場店舗での売上を初年度4割伸ばすことができた。クライアント企業の個性や強みを客観的にとらえ、商品として効果的に表現したことが売上という形として認められたのであれば、心底うれしい。また、売場に責任を持つことで、やりがいが違ってきた。

この依頼をきっかけに、プロ野球界でのつながりができ、今ではほぼすべての球団で仕事をさせてもらっている。私自身、高校球児だったので、プロ野球界にかかわれることは格別な思いがある。