【北洋銀行】拓銀の力を追い風に|ご当地銀行の合従連衡史

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J R根室本線「帯広」駅に隣接する北洋銀行帯広中央支店

親会社である金融持ち株会社を吸収合併

2000年に入る頃、北洋銀行は札幌に本店を置いていた同じ第2地銀の札幌銀行との業務提携を進め、合併に動き出す。包括的業務提携の基本合意を結んだのは1999年のこと。2001年4月には札幌銀行と株式移転により金融持ち株会社の札幌北洋ホールディングスを設立した。

2010年5月に竣工し、北洋銀行本店が入る北洋大通センター(大通ビッセ)

いわば札幌北洋ホールディングスを親会社とし、北洋銀行と札幌銀行がその子会社としてぶら下がる格好になった。だが2008年10月、その両行が合併を果たした。

2008年はリーマン・ショックの余波が日本の金融界をも襲った時期である。北洋銀行の親会社である札幌北洋ホールディングスの経営も厳しくなり、北洋銀行と札幌銀行が合併した数日後には、札幌北洋ホールディングスが赤字経営に陥っていることを発表した。あわせて、北洋銀行単独での自己資本比率が国内基準の8%を割っていたことも発表した。北洋銀行としては2009年、国から1000億円の公的資金の注入を受け、9.50%に修正している。

北洋銀行が公的資金を完済できたのは比較的早く、2014年3月のことだった。その返済の過程で北洋銀行は2012年10月、親会社の位置づけにあった札幌北洋ホールディングスを吸収合併する。当時、多くの金融機関で導入が進んでいた持株会社制を廃止するという新手の策に出たことになる。

北洋銀行はさらに2015年にTSUBASAプロジェクトに参加表明する。TSUBASAプロジェクトは千葉銀行、東邦銀行、第四銀行、北國銀行、中国銀行、伊予銀行の地銀6行による顧客サービス・商品の充実、ITコストの抑制やIT要員の相互補完等を目的とした広域連携であり、7行目となる北洋銀行は、第2地銀としては初参加となり、耳目を集めた。

そして最近では、2018年に上光証券(札幌市)を完全子会社化した。今日の北洋証券である。

北洋銀行は普通銀行となって以降、地銀再編への対応や支店・出張所の統廃合など、第2地銀というより大手地銀と同様の事業展開を進めているかに見える。札幌をはじめ道内の主要都市に着実に根を張る同行の姿を見ると、戦後地銀ながら“生粋の道内地銀”である北海道銀行が攻めの姿勢に欠けた地味な存在にも見えてくる。

文:ライター・菱田 秀則

M&A Online編集部

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