日本各地の「地銀」のルーツをたどってみよう。そのM&A=合従連衡の歴史をひも解けば、銀行や金融経済の成り立ちはもちろん、日本の伝統産業、商業の集積の移り変わり、各都道府県内にある市町村の歴史の“格”の変遷なども見えてくる。“ご当地銀行”の合従連衡史の19回目は、栃木県。

栃木県の地方金融機関の代表格は足利銀行である。帝国データバンクが2019年1月に発表した「第9回メインバンク調査」でも、県内占有率は47.4%(10,447社)、隣県・茨城の常陽銀行<8333>と経営統合してスタートしためぶきフィナンシャルグループ(FG)<7167>と合わせると、49.1%(10,820社)、県内企業の約半数が足利銀行をメインバンクとしている計算になる。

いつでも、どこでも「1位:足利、2位:栃木」

ちなみに、県内2位は栃木銀行(24.1%、5,319 社)。それはすべての業種で当てはまる。全業種で「1位:足利銀行、2位:栃木銀行」であり、圧倒的なシェアを誇っているといえそうだ。

メガバンクではみずほ銀行の勢力が強いが、これは栃木県内への進出が早かったということともに、みずほ銀行の源流の一角をなす第四十一国立銀行が現在の栃木市に創立されたことが影響しているのかもしれない。

栃木県内の金融機関・金融市場は有為転変を遂げてきた。まさに、「大きなうねりの中で環境に順応してきた。特に2003年のいわゆる『足銀ショック』により、県内企業は大きな影響を受けた。経営破綻、一時国有化は足利銀行にとっても大きな試練であったが、逆の見方をすれば、その他の地元地銀や信金、信組を成長させる環境となった。企業や経営者においても金融機関との関係性を学んでいった」(帝国データバンク「第9回メインバンク調査」より)のである。