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【武蔵野銀行】アプレ地銀の次の一手|ご当地銀行の合従連衡史

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県民重視と首都圏への浸透の両面を実現できるか(武蔵野銀行東京支店)

日本各地の「地銀」のルーツをたどってみよう。そのM&A=合従連衡の歴史をひも解けば、銀行や金融経済の成り立ちはもちろん、日本の伝統産業、商業の集積の移り変わり、各都道府県内にある市町村の歴史の“格”の変遷なども見えてくる。“ご当地銀行”の合従連衡史の23回目は、埼玉県である。

金融自由化のなかで多業態に進出

1945年の終戦まで、国は戦費の調達面から銀行を集約する一県一行主義をとっていた。その政策が1949年には改変され、以後5年ほどの間に12にのぼる地方銀行が誕生した。埼玉県大宮(さいたま市)に本店を構える武蔵野銀行は1952年4月、その戦後地銀の1つとして開業。戦後に誕生したこのような地銀がアプレ地銀(アプレゲール=戦後派の意)とも呼ばれていた時代である。

武蔵野銀行には開業後、今日まで他行の吸収合併など大掛かりなM&Aは見られない。2003年に北埼信用組合(行田市)を合併した程度であり、M&Aのほとんどは金融自由化の波を受けての他業態への進出である。

新会社の設立、子会社化も含めて武蔵野銀行の主なM&Aを挙げると、下表のようになる。

1975年4月 武蔵野総合リースを設立 現在はぶぎん総合リースとして連結子会社化
1982年4月 武蔵野信用保証を設立 現在はぶぎん保証として連結子会社化
1985年11月 むさしのカードを設立 現在は連結子会社化
1986年8月 武蔵野ビジネスサービスを設立 後に、ぶぎんビジネスサービスとして連結子会社化
1989年6月 ぶぎんカードサービスを設立 現在は連結子会社であるむさしのカードに吸収
1989年8月 ぶぎんシステムサービスを設立 現在は連結子会社化
1990年8月 ぶぎんビルメンテナンスを設立
1992年4月 ぶぎん地域経済研究所を設立 現在は連結子会社化
1997年4月 ぶぎんキャピタルを設立 現在は連結子会社化
2002年4月 むさしのカードとぶぎんカードサービスが合併。存続会社はむさしのカードに
2006年6月 ぶぎんビルメンテナンスを合併
2014年2月 ぶぎんビジネスサービスを清算
2017年5月 むさしのハーモニーを設立 現在は連結子会社化

同行ホームページ「沿革」より

そして現在、武蔵野銀行では本店ビルを建築中だ。もともと同行の本店があった地に地上14階、地下2階、高さ90メートルのビルを建築中で、2021年の完成をめざしている。さいたま市の「大宮駅周辺地域戦略ビジョン」に基づき進めている大宮駅周辺地域のまちづくり・再開発の一環でもある。

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