日本各地の「地銀」のルーツをたどってみよう。そのM&A=合従連衡の歴史をひも解けば、銀行や金融経済の成り立ちはもちろん、日本の伝統産業、商業の集積の移り変わり、各都道府県内にある市町村の歴史の“格”の変遷なども見えてくる。“ご当地銀行”の合従連衡史の21回目は、群馬県。

「鶴舞うカタチの群馬県」を代表する銀行は前橋市に本店を置く群馬銀行である。その創業は同行ホームページの「沿革」によると、1932年10月、群馬大同銀行の設立とされている。昭和期に入ってからの創業は、比較的新しい銀行のような印象を受ける。だが、その群馬大同銀行はどのような金融機関が合同して生まれたかを探っていくと、複雑な合併劇が見えてくる。

60メートル! 102.5メートル! 153メートル! それぞれ前橋市役所、高崎市役所、群馬県庁の高さだ。さかのぼること明治初期、群馬県の県庁所在地は高崎城内にあり、数か月後に前橋に移った。現在の人口は高崎市が37万人を超え、前橋市の約34万人を上回っている。「鶴舞うカタチの群馬県」にあって、前橋と高崎は鶴ではなく双頭の鷲のような存在であり、その鷲を一段高いところから県庁が手なずけてきた……ような印象も受ける。群馬大同銀行の合併劇はまさにその「前橋と高崎」、相剋のワンシーンでもあった。

県是銀行をまず組織する

群馬銀行の前身である群馬大同銀行の前身は、1932年9月にわずか1か月程度だけ存立していた群馬県金融株式会社という組織である。これは合同のために県が主導して時限的に設けた受け皿的な金融機関である。県が主導して金融M&Aのための組織をつくり、そこに複数の銀行を合同させ、その後、その組織は銀行名を冠して改称し、その名称にふさわしい業務を行っていくスキームということができる。

このようなスキームで存立した金融機関は県是銀行とも呼ばれている。群馬県の県是銀行が群馬県金融であり、その県是銀行が群馬大同銀行と改称したわけだ。その群馬県の県是銀行と改称後の群馬大同銀行がM&Aを行った銀行を下表に挙げてみた。

銀行名M&A年M&A手法
群馬銀行1932年合併
上州銀行1932年合併
倉賀野銀行1933年買収
大間々銀行1941年買収
下仁田銀行1941年買収
上毛銀行1941年買収
富岡銀行1941年買収
松井田銀行1941年買収
上毛貯蓄銀行1944年買収

こう見ると、群馬大同銀行の誕生時は、数行・十数行がいっぺんに大合同を果たしたわけではなく、まず群馬銀行と上州銀行が1932年に合併して群馬大同銀行が誕生し、以後、次々に周辺地域の銀行を買収していった姿がよくわかる。

では、群馬大同銀行に合同した上州銀行と群馬銀行はどのような銀行だったのか。