日本各地の「地銀」のルーツをたどってみよう。そのM&A=合従連衡の歴史をひも解けば、銀行や金融経済の成り立ちはもちろん、日本の伝統産業、商業集積の移り変わり、各都道府県内にある市町村の歴史の“格”の変遷なども見えてくる。“ご当地銀行”の合従連衡史の17回目は、茨城県。

こういっては失礼だが、茨城県は尖った特徴に欠ける県として知られている。民間シンクタンクのブランド総合研究所が発表する「都道府県魅力度ランキング」では、2018年までで6年連続最下位で、パッとしない。

常陽銀行は茨城県金融界で圧倒的な存在感を持つものの、県の魅力と同様に、その特徴が十分には伝わってこない。しかし、その歴史を見ると、豪快ともいえるM&Aを繰り返してきた。穏やかな面持ちの優等生の、もう1つの「顔」を見ていこう。

2つの国立銀行の大合併

常陽銀行の源流は1878年、土浦に創立した第五十国立銀行と、同じく1878年、水戸に創立した第六十二国立銀行である。県外の人には馴染みがないかもしれないが、水戸は県中部にあり、水戸光圀と納豆で有名な県庁所在地。土浦は県南部にあり、県南の行政・商業の中心市。「県都の水戸、商都の土浦」と並び称される両市。そして常陽銀行は、この県都と商都のトップバンクの合併によって1935年に誕生した。

常陽銀行は2015年の足利銀行(足利ホールディングス)との経営統合まで、三ツ輪銀行、石岡銀行、猿田公益銀行、茨城貯蓄銀行を買収し、茨城中央信用組合を合併した程度で、大きなM&Aはない。だが、常陽銀行の誕生以前、すなわち第五十国立銀行と第六十二国立銀行は、「すさまじい」と表現できるほどのM&Aを繰り返してきた。