日本各地の「地銀」のルーツをたどってみよう。そのM&A=合従連衡の歴史をひも解けば、銀行や金融経済の成り立ちはもちろん、日本の伝統産業、商業の集積の移り変わり、各都道府県内にある市町村の歴史の“格”の変遷なども見えてくる。“ご当地銀行”の合従連衡史の22回目は、鳥取県。

鳥取貯蓄銀行にさかのぼる「青い鳥」の銀行

「青い鳥の銀行です。」

このキャッチコピーのもと、鳥取を中心に山陰地方で地道に銀行経営を続けるのが鳥取銀行<8383>である。その源流は大正期に設立された鳥取貯蓄銀行にさかのぼる。同行ホームページの「沿革」をもとに、同行のM&Aと新事業進出の歴史を確認しておこう(下表)。

年月鳥取銀行の沿革
1921年12月前身銀行である鳥取貯蓄銀行を設立
1948年12月普通銀行に目的を変更し、 株式会社因伯銀行と改称
1949年10月鳥取信用組合の営業を譲り受け、株式会社鳥取銀行を創立
1974年10月鳥取県信用組合を合併
1984年10月とりぎんリースを設立
1988年9月鳥銀ビジネスサービスを設立
1990年6月とりぎんカードサービスを設立
1997年6月とっとりキャピタルを設立
2000年3月東京証券取引所市場第1部へ上場
2000年12月バンク・コンピュータ・ サービスを設立
2001年5月泉州銀行とシステム共同化を開始
2003年9月システム共同化に大正銀行(現徳島大正銀行)が参加

鳥取銀行ホームページ「沿革」をもとに作成

源流の一滴は鳥取融通という組織

地元では「とりぎん」の愛称で親しまれている鳥取銀行。では、その前身銀行である鳥取貯蓄銀行は、どのような金融機関だったのか。

鳥取貯蓄銀行は株式会社組織であり、その前身は1914年に創立した大正鳥取銀行である。大正鳥取銀行は合資会社組織の鳥取銀行を前身とする株式会社である。

その(合)鳥取銀行は、鳥取融通という銀行に類似した組織を前身とする。鳥取融通は1899年、官民合弁の金融機関として設立されたようだ。そして、(合)鳥取銀行となってからは鳥取市の南部、当時の八頭郡に支店を設けるなど、鳥取市及び鳥取県東部の周辺地域に営業の基盤を築いていった。