【名古屋銀行】焦眉の急を告げる愛知の地銀|ご当地銀行のM&A

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名古屋3地銀のなかで、独自路線を歩む名古屋銀行

県庁所在地に無尽、相互銀行から組織変更した第二地銀ではない、いわゆる「生粋の地銀」が存在しない都道府県がいくつかある。神戸銀行(太陽神戸銀行、さくら銀行を経て、現三井住友銀行)を生んだ兵庫県(神戸市)とともに、愛知県(名古屋市)もその一つである。

県内の代表的な地銀は名古屋銀行(旧名古屋相互銀行)、愛知銀行(旧中央相互銀行)、中京銀行(旧中京相互銀行)があり、いずれも名古屋市に本店を置き、相互銀行から普通銀行に転換した第二地銀である。

このうち、愛知銀行と中京銀行は2022年10月に共同持ち株会社方式による経営統合を控える。続いて2年後の2024年に、傘下2行の合併を予定している。ここでは、3地銀のなかで独自路線を進む名古屋銀行<8522>とともに、歴史上、同名の、もう一つの名古屋銀行を見ていく。

周辺信組を巻き込んで営業地盤を拡大

現在の名古屋銀行の源流は1949年2月に設立された共和殖産という愛知県東部の中核市、岡崎に設立された金融組織である。いわゆる無尽という銀行に類似した金融形態で事業を始め、同年12月には名古屋殖産無尽に商号変更している。

無尽とは、複数の個人や法人などがいわゆる無尽講や頼母子講といった講という組織に加盟し、その講組織にお金を定期・不定期に払い込み、利息などの金品はたとえば抽選などによって給付を受ける仕組みを持つ金融組織のことだ。

大雑把にいえば、お金を集めて大きな額として運用し、その成果を一定の決まりで分配するところは、今でいう投資運用機関のようなもの、と考えてもいいだろう。

第二次大戦前の1934年11月に当時の農林省が全国的に調べたところ、その年1月から実施中の頼母子講の総数は29万8696講あったとされている。1つの無尽で複数の講を組織したり、なかには金融組織というよりも農村の親睦会のような組織もあったようで、無尽組織の正確な実数は定かではない。だが、戦前までは日本に広く浸透していた金融組織であり、金融形態であった。

無尽に対する業法は1915年に旧法が、1931年に新法が制定され、金融組織としての法的基盤が整備されていく。名古屋殖産無尽もそうした無尽会社の1つだった。戦後、1951年10月に相互銀行法が施行され、他の多くの無尽会社と同様に名古屋殖産無尽も名古屋相互銀行に商号変更した。

その後、名古屋相互銀行は、中央信用組合、豊橋市民信用組合、尾北商工信用組合、大野町信用組合といった愛知県内の信用組合を買収した。さらに相互銀行法の廃止に先立ち、1989年2月に普通銀行へ転換し、名古屋銀行に改称した。

名古屋銀行となってからは大きな再編・統合はない。県内の営業地盤を固めるとともに、中国に支店や駐在員事務所を設置するなど海外拠点の展開を進めてきた。

M&A Online編集部

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