M&A法制を考える 買収防衛策の適法性を巡る議論(上)

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東京機械製作所事件の最高裁決定を巡るアカデミックの議論

そのような中、公表されたのが2021年の東京機械製作所事件の最高裁決定(最決令和3年11月18日資料版商事法務453号94頁)である。

これは、取締役会決議で防衛策(有事導入型)が導入され、株主意思確認総会を経て発動された対抗措置が適法とされたケースであるが、これまでの裁判例と異なり、買収防衛策の導入に「MOM(majority of minority)、すなわち、利害関係のある株主を除外した株主による多数決が用いられ、買収防衛策の必要性に「強圧性」、すなわち、買収者が支配権(または相当割合の株式)を取りに行くプロセスにおいて株主が持株を売却する判断に与える圧力の理論が用いられたことが特徴といえる。そこで、アカデミックの世界では、活発な議論が行われている。

まず、「強圧性」について、早稲田大学の鈴木一功教授は、東京高裁決定は「3分の1を超える株式を短期間のうちに買収する行為は、(中略)買収者による経営支配権の獲得によって会社の企業価値が毀損され、ひいては株主の共同利益が害される可能性があると考えれば、そのリスクを回避する行動を取りがちであり、それだけ一般株主に対する売却への動機付け、ないし売却へ向けた圧力(強圧性)を持つ行為と認められる。」と述べているが、東京機械製作所の株価の動向を分析した結果、株主が買収者による株式保有比率引き上げによる経営権取得後の株価下落の可能性を織り込んで、株価が下落を始めた結果、自己の保有株式を性急に安値で売ることを余儀なくされたというエビデンスは、確認されなかったという。

また、名古屋大学の松中学教授は、強圧性の具体的な程度や影響が十分に分析されず、正当化できるのか疑わしい場面でも防衛策の必要性や効果を肯定するための便利な「道具」として強圧性が用いられる懸念も生じているという。

また、学習院大学の神田秀樹教授は、東京高裁決定が述べる強圧性は理論ないし理屈であって、実際の事案において強圧性の存否や程度が測定された例はなさそうであるため、強圧性があるからMONによる株主意思確認総会が意味を有するという理屈だけではなく、株主で買収者以外の株主は買収者による買収は会社の「企業価値」を損なうものであって適切でないと判断したというところが重視されてしかるべきという。

さらに、スタンフォード大学のCurtis J. Milhaupt教授と武蔵野大学の宍戸善一教授は、日本の学説および判例は強圧性を単一の現象として取り扱ってきたが、これを買収手法が一般株主に売り急ぎを強いるような「構造的強圧性」と、買収提案が「企業価値」を過小評価する「実質的強圧性」の2つの種類に区別することが重要であるという。

次に、「MOM」について、東京大学の加藤貴仁教授は、買収防衛策の議論を考える際には、個々の裁判例だけではなく、M&A法制全体の中で買収防衛策がどういう機能を果しているか考える必要があるところ、MOMを用いたのは、現行の金商法の公開買付(TOB)規制が市場内買付けに適用されておらず、急速な市場内買付けに対する対応が不十分であるため、苦肉の策として正当化できるという。

また、京都大学の白井正和教授は、買収者はTOB開始やその後のスクイーズアウトの実施については特に予定していないことや支配権取得後の経営方針や事業計画について具体的に明らかにおらず、強圧性の程度は相当に強いといわざるを得ないため、MOMを認めるという議論は成り立ちうるが、株主総会決議において買収者の議決権行使を認めないという対応が一般に許容されるとした先例であると評価することは避けなければならないという。

一方、Milhaupt教授と宍戸教授は、MOMは一定の状況において、米国デラウェア州判例法のほか、英国TOB法でも用いられるが、デラウェア州判例法の下でMOMが用いられるのは、支配株主と少数株主の間の利益相反の度合いを弱めるためにのみ限定され、英国TOB法の下でMOMが用いられる状況は極めて限定され、いずれの国でも、対象会社の現経営陣による買収防衛策を有効とするためにMOMが用いられたことはないところ、MOMを支配権争いの局面で用いることは、現経営陣の保身のために濫用される危険が大きく、資本多数決というコーポレートガバナンスの基本原則に反する不適切なものであるという。

また、2007年のブルドックソース事件最高裁決定が「株主自身により判断されるべき」としたのは「実質的強圧性」の有無であるため、「構造的強圧性」の脅威に対しては、MOMによる承認を必要とせずに「取締役会」決議による買収防衛策の導入・発動を認め、「実質的強圧性」の脅威に対しては、買収者を含む「すべての株主」の議決権行使による買収防衛策の発動の承認を求めるべきという。

このように、「構造的強圧性」を買収防衛策の必要性とすることや、買収防衛策の発動を「MOM」に限定することについては見解が分かれている。

<参考文献>

・加藤貴仁ほか(2022)「コーポレートガバナンス改革と上場会社法制のグランドデザイン〔Ⅶ〕」商事法務2301号59-67頁

・神田秀樹(2022)「株主意思確認総会を巡る近年の動向」MARR332号

・カーティス・ミルハウプト=宍戸善一(2022)「東京機械製作所事件が提起した問題と新J-Pillの提案」商事法務2298号4-20頁

・白井正和(2022)「近時の裁判例を踏まえた買収防衛策の有効性に関する判例法理の展開」民商法雑誌158巻2号283-326頁

・鈴木一功(2021)「TOBと市場買付けの「強圧性」に関する考察~東京機械製作所の買収防衛策を題材に~」MARR327号

・松中学(2022)「敵対的買収防衛策に関する懸念と提案-近時の事例を踏まえて-(上)」商事法務2295号4-16頁

文:吉村一男

吉村一男 (よしむら・かずお)

フィデューシャリーアドバイザーズ 代表
上場事業会社、大手証券会社の投資銀行部門を経て、現職。平時の株主価値向上のコンサルティング業務、株主総会におけるアドバイザリー業務、M&Aにおけるアドバイザリー業務、投資業務などに従事。早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター(WBF)の招聘研究員に嘱任し、企業法とファイナンスに関する研究に従事。著書は、「構造的な利益相反の問題を伴うM&Aとバリュエーション―理論と裁判から考える現預金と不動産の評価―〔上〕〔下〕」旬刊商事法務2308号・2309号(共著、2022年)、「米国の裁判から示唆されるわが国のM&Aプラクティス」MARR330号(2022年)、『バリエーションの理論と実務』(共著、日本経済新聞出版、2021年・第16回M&Aフォーラム正賞受賞作品)、『論究会社法‐会社判例の理論と実務』(共著、有斐閣、2020年)など多数。

フィデューシャリーアドバイザーズ HP(https://fiduciary-adv.com/


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