近年、マスコミ報道でもよくニュースになる未払残業問題。買収前にしっかりDD(デューデリジェンス)しておくことがマストな項目の一つである。

隠れ負債の定番

未払残業代は中小企業M&Aの実務において頻出負債の一つ。DDに際し、定番の指摘事項といって差し支えない。

問題の特徴としては①近年、発覚した場合の売買価格(株価)に対するインパクトが大きい。②もし、M&Aによる買収後に是正する場合は、他の従業員に問題が波及するリスクを考えなければならない。③他の名目(業務委託や管理職)で法の規制を逃れているケースがあるーなどがあげられる。

私の経験上、運輸交通業・製造業・保健衛生業は特に注意が必要な3業種である。

問題が発覚するパターン

(1)従業員から直接請求されるケース
特に退職した元従業員から請求されるケースが多く、DDの際には少なくとも2~3年前までの退職者については退職理由や退職者数を調査しておく必要がある。

(2)労働基準監督署の調査で問題が発覚するケース
もし、過去に労働基準監督署の立ち入り検査を受けたことがある企業を買収するのなら相当なDD実施をお勧めする。というか、そこまでして買収すべき企業なのかどうかを再考願いたい。私の知っている限りでは普通の企業は「臨検」を受けることなどあるはずがない。

(3)買収監査でリスクの指摘を受けるケース
最もメジャーなケース。リスク許容度は人それぞれであり、DDした先生(弁護士や社会保険労務士)の性格や考え方を十分理解したうえでアドバイスを聞く必要がある。

発覚した場合の対策

(1)表明保証または特別補償での対応
ポイントは単なる表明保証の場合には買手が事前に「知っている」問題であるため請求が認められないリスクがある。「当事者の認識如何に拘わらず」などの特別補償条項を設けておけば買手にとっては後々ヘッジとなる。

(2)売買価格(株価)に織り込む
労務管理の記録や資料が正確に残っている場合には、想定リスク金額を株価に反映させることも可能である。

理屈上の計算式としては、【差し引く金額】=(未払残業リスクの総額×未払残業リスクの発生確率)となる。たまに、未払残業リスクの上限金額を売買予定価格から差し引こうとする先生(公認会計士、税理士)を見かけるが、これは正しくないと指摘させていただく。

(3)スキームの変更
事業譲渡や会社分割へのスキームの変更が出来れば理想ではある。ただし、実際問題として未払残業リスク回避のために組織再編してまでM&Aを行う必要性はないはず。よって中小企業のM&Aの場合は、(1)か(2)による対応が現実的である。

コロナの影響がいつまでどの程度になるのかは誰にもわからない。景気悪化が当面続くだろうから、M&Aの世界でも業績悪化に伴う「救済型M&A」が増えてくるであろう。業績が悪い企業だと従業員が給与や待遇面で「不利益を被っている」ようなケースも中にはあるかもしれない。

今後のM&Aの世界では「未払残業問題」はさらに重要度が増すと考えられる。買った後に生き生きと働いてもらうためにも、経営者は従業員とお金の話しはきっちりしておくに越したことはない。あなたのM&Aを成功に導くためには従業員たちの協力が不可欠だから。

文:Antribe社長・小林伸行(M&Aアドバイザー)