中小企業にも以前に比べれば女性社長が増えてきましたが、逆に女性にしかできないポジションがあります。旅館、料亭、お茶屋などの「女将」です。

旅館の「若女将」を養子に迎える

女将は対外的な顔としてお客様に伝統や文化に基づくおもてなしをすることはもちろん、経理や広報など経営面についても重要な役割を担っていることが多いです。女将という仕事は女性の専門職と言えます。そのため、女将の後継者である若女将については、後を継ぐ女性の子がいない時は養子を迎えることもよくあります。

H旅館の女将Kは、大学卒業後、大手ホテルでフロントスタッフとして働いた後、実家のH旅館に帰ってきました。最初は仲居として働き、30歳で旅館の料理人のYと結婚しました。35歳の時に母親から女将を引継ぎH旅館の顔として一心不乱に働き続けました。

それから約20年がたちH旅館の事業は拡大され経営は順風満帆でした。しかし、YとK女将は子宝に恵まれることはありませんでした。そこで、旅館の料理長となった夫のYと相談し、両親や兄弟の了解も得て、後継ぎとしてN子を養女に迎え入れることにしました。

後継者が見つかり、安心していたが…

N子は、最初は旅館の受付として働いていましたが、自ら他の現場を積極的に手伝ったり、女将Kから仲居としての教育も受けているなど後継者として相応しいと思われました。N子は養子縁組をしてから女将業の修行として茶道や華道を習うようになりました。若女将として現場も切り盛りしてくれる姿を見て、女将Kは後継者がみつかり安心していました。

ところが数年後、N子の態度に変化が見られるようになってきました。お稽古ごとを休みがちになり、夜は飲み歩くようになりました。その席で、H旅館の至らぬ点を話し、世間にマイナスイメージを広めるようになったのです。

K女将がN子に問いただしたところ、「若女将になったことで、H旅館の顔として行動しなくてはならないことが増え、プライベートの時間も少なくなった」「一従業員の時と違い、老舗旅館ゆえの過去からの伝統やしきたりに縛られた働き方に耐えられなくなった」などとと言うのです。

つまり、N子は女将という肩書に憧れていただけで、あまり深く考えず養子になっていたのです。結局、その後の話し合いにおいても両者の溝は埋まらず、養子縁組を解消することにしました。

心得を記した「覚書」を交わしておく

不幸中の幸いとして、N子に株式を移動する前の養子縁組解消でした。もし、N子に株式が渡っていればそれを回収する手立ても検討する必要がありました。養子縁組をした後でも、事業を継がなくなったなどの問題が発生することもあります。その対策の一つとして養子の心得等を記載した「覚書」を交わしておくことをお勧めします。

内容としては、①祭祀は丁寧に行う②家業発展に尽力する③第三者に対する債権、債務、個人保証などは行わない④反社会的勢力との付き合いは厳禁など。

養子縁組は解消可能ですが、離縁を繰り返すようなことがあると業界内の信用にも影響が出てきてしまいます。場合によっては、株式は移動させずにオーナー一族で保有し現場は「雇われ女将」とするのも一案です。 

日頃の注意点は?

千差万別の事情のなかで、事業承継唯一絶対の成功方法はありません。上記例以外にも、後継者問題で失敗しないために中小企業経営者が日頃から注意しておかなければならない点を示しておきます。

1.事業承継の前提として会社の業績、財務状態を良くしておかなければならない。
2.事業承継には時間がかかる。特に親族外の承継の場合は個人保証と株式買い取りの問題などクリアにしなければならないことが多数ある。
3.  親族、第三者を問わず、後継者候補者が大企業での経験やMBA(経営学修士)課程で学ぶことは大切だが、中小企業にそのまま取り入れることは逆効果となることが多い。
4.事業そのものが時代の変化により社会的価値を失いつつある状況下で、事業承継の有り様も多様化していることを自覚する。

文:Antribe社長・小林伸行(M&Aアドバイザー