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テレワークで障害となる「印鑑(ハンコ)」問題を考える

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ビズサプリの三木です。テレワークを進める際に「印鑑」が障害となることがあります。今日はそんな印鑑について、その効力や意味合いを考えてみます。

1.印鑑の種類

実印、認印、シャチハタ、三文判、銀行届出印。ご存知の通り印鑑にはいくつもの種類があります。

実印は役所に陰影を届け出た印鑑です。個人の場合は市町村に任意で登録し、会社の場合は法務局に登録することが必須とされています。会社の実印の多くは丸印で、真ん中に社名、その周りに代表取締役之印といった文字を丸く配していることが一般的です。実印は印鑑登録証明書とセットにすることで証明力を発揮します。当然ながらむやみに押すものではなく、使用する場面は重要な契約書等に限定されます。

実印以外で重要な印鑑としては、銀行など金融機関への届出印があります。これは特定の印鑑を本人確認に使うという金融機関との取り決めによるもので、法務局などの公的機関が信用力を担保しているわけではありません。ネット銀行は印鑑以外の方法を本人確認に使うことが多く、印鑑レスの銀行も増えています。

こうした登録をしていないその他の印鑑は認印ということになります。会社で通称「角印」と言われる請求書等に押印する印鑑も認印の一種ですし、宅配便が来た時に押す受領印も、会社の稟議書に押す印鑑も認印です。シャチハタは厳密にはシヤチハタ株式会社の作った印鑑のことですが、その知名度からインク自動補充のゴム印の通称となっています。三文判は安い印鑑を指す通称です。

当然ながら、シャチハタも三文判も、実印として登録していない限り認印の一種です。ゴム印は押す際の力加減で印影が変わるため実印には向かないとされています。

2.印鑑の効力

「この契約書は押印されていないので無効です」という理解は正しいでしょうか。

実は、印鑑が押していなくても契約書は有効になります。契約は双方の意思として合意されていれば成立するので、印鑑はその意思確認の方法の1つに過ぎません。

日本の社会通念では、印鑑=その人の意思表示、と捉えます。契約書であれば契約内容への合意、稟議書の承認印であれば承認の意思表示、宅配便の受取であれば受け取ったという事実確認と捉えます。このように押印を承認とみなす慣習は広く根付いています。

この慣習を多くの会社がルール化した結果、我々は多くの場面で認印を押すことになっています。保険を申し込む際にはルールに従って申込書に押印が求められ、勤務先の会社でも社内ルールに従って稟議書などの社内文書に押印します。

しかしながら100均などで販売されている安価な三文判などは同じ陰影のものが多数流通していますし、そもそも印影を見ただけでは誰かが押した印鑑なのかも分かりません。印鑑が1つ1つオーダーメイドだった時代ならともかく、安価で流通する現代では押印の証明力は限りなく下がっています。

こうして考えてみると、押印を本人の意思とみなすことで(不正行為などが無い限り)世の中がスムーズに動くために慣習が出来上がってきただけで、論理的には殆ど根拠が見いだせません。

世界を見渡してみると、ほとんどが印鑑ではなくサインを使っています。中国、韓国、台湾では印鑑も用いられていますが、実印登録の仕組みがあるのは日本と台湾だけで、韓国も実印登録の仕組みを廃止している最中のようです。文化としての印鑑はともかく、印鑑でビジネスを動かすのは世界的にもガラパゴスになりつつあるのが実情と言えそうです。

なお、法律上も限られたケース以外では印鑑自体に絶対的な効力を認めているわけではありませんが、法律的にも印鑑が必要とされていたり、印鑑の有無で扱いが変わったりするケースはあります。

例えば取締役会議事録には記名押印が求められますし、私文書偽造罪は有印か無印かで罰則の重さが変わります。しかしながら、取締役会議事録は署名や電子署名でも可能になっていますし、有印私文書偽造罪も押印=証明力が高い=影響力が大きいという慣習が根付いているからこそ法令に導入された区分けと言えます。

3.印鑑の今後

それでは印鑑は今後どうなっていくのでしょうか。

新型コロナの前から脱印鑑の動きはありましたが、長年の慣習から印鑑が無いことに不安感が残るだけでなく、実は脱印鑑で大幅に得をする人が少ない(押印自体がそこまで業務上のネックになっていなかった)ため、もともと印鑑が多すぎた役所などを除き徐々にしか進んでこなかった面もあります。上場企業では押印があるとJ-SOX上の「承認証跡」として説明がつけやすいという事情もありました。

しかしながら今回の新型コロナでは、押印業務がテレワークの障害になりかねないため、社内ルールを変えて脱印鑑を図る動きが加速しています。メルカリやGMOなど脱印鑑を宣言する企業も出てきました。

「ハンコは重要」と刷り込まれてきた世代も減ってきますし、上記の通り法的な問題は殆どありません。何よりウィルスとの戦いが長引けば空気も変わるでしょう。ただ、メルカリやGMOなど新興のインターネット業界では、もともとの業務フローが印鑑に重きを置かずに業務設計されているケースが多いと思われます。

長年印鑑ベースで業務を行っていた企業は、拙速な脱印鑑で業務品質の低下を来さないよう注意が必要です。押印文書であれば承認の有無や承認者も明確で、文書のファイリングや保存期間も定められていると思います。ワークフローなどがあれば業務品質を保って脱印鑑の仕組みを構築しやすいですが、そうしたITインフラが無くメールや社内SNSでその場対応していると、承認レベルが不明確(反対はしていない、条件付き賛成等)だったり、履歴が消えてしまってあとで問題となるといった事態も考えられます。

今回の突然の緊急事態宣言下では暫定運用もやむを得ない状況だったとしても、今後の「新しい生活様式」でテレワークが定着していく中では、脱印鑑の業務フロー構築、記載必須項目の設定やアーカイブなど、適切な管理レベルを保ち、維持可能な仕組みを作っていく必要がありそうです。

4.余談

余談1
ハンコ本体のことは印章、陰影を一覧化したものを印鑑と呼ぶのが元々の言葉遣いのようです。しかしながら、今は一般的に印鑑と言えばハンコ本体のことを指しますので、本記事でもそのように呼んでいます。

余談2
本人確認としては、拇印が一番証明力が高いと言えます。自分の指紋なら同一の印影が出回ることもなく、盗まれることもありません。それでも拇印が広まらないのは、印鑑業界の陰謀ではなく一見しただけでは本人確認ができないためですが、拇印ではなく指紋認証という形でその証明力が生かされています。

銀行取引にも指紋認証は広まり、銀行届出印の存在感も減りつつあります。ちなみに、悪いことをして警察のお世話になると、やはり証明力が必要なのか、供述調書には拇印が求められるそうです。


余談3
日本で最も重みのある印鑑と言えば、天皇陛下の印章である御璽(ぎょじ)や、国家の表徴として押される国璽(こくじ)があります。いわば天皇陛下の実印と、日本国の実印です。御璽は法律の公布文や内閣総理大臣の辞令書などに、国璽は外交文書などに押されているそうですが、実は御璽や国璽の押印が必要という法令根拠は現在は存在せず、これも慣習で押しているもののようです。

文:三木 孝則(ビズサプリCEO 公認会計士)
ビズサプリグループ メルマガバックナンバー(vol.116 2020.5.13)より転載

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