皆様、こんにちは。ビズサプリの花房です。令和の時代がスタートして、2ヶ月が過ぎました。ようやく、『令和元年』、『R1』に慣れてきたころではないでしょうか。

平成を振り返ると、様々な切り口で変化の多かった時代と言えるのですが、こと会計に関して言えば、「会計ビッグバン」を契機に大きく変わりました。今回は、「会計ビッグバン」以降、複雑化してきている会計について、改めてその本質を考えてみたいと思います。

1.会計ビッグバンとは?

そもそも会計ビッグバンとは、2000年3月期に始まった、日本の企業会計基準を世界基準に合わせるために行われた数々の改革であり、一言で言えば、会計基準の国際化でした。それまでは、取得原価主義の下、含み損を計上することはあっても含み益は計上しなかったものから、時価会計が導入され、貸借対照表の項目について、時価で評価しようという流れになりました。

その評価方法においては、将来キャッシュフローを割引計算して時価を算出する方法が一般的となり、代表的なものとして、減損会計や退職給付会計が導入されました。これらは、アメリカの会計基準(US GAAP)や、国際会計基準(IFRS)で適用されていたものを日本基準に導入したもので、当時は、「コンバージェンス」と言われていました。そこから一歩進み、IFRSを全上場会社に原則適用するような方向性も示されたりしましたが、結果的には任意適用となって、現在に至っています。

私が会計士になった1997年はまだ会計ビッグバン前夜で、それまでの会計士は、試験に受かって一度会計士になれば、その知識で一生飯が食える、と言われていたくらい、会計基準に変化のない時代でした。それを象徴するのが『企業会計原則』(1949年制定)や『連続意見書』(1960年制定)と言われる基準で、1997年当時はまだ、これら40,50年前の基準を使って、会計処理を判断していた時代でした。日本ではまだ税効果会計すら一般的でなかった時代です。

そこから一気に時価会計へ舵を切り、会計基準が大幅に変わったことは、まさに「ビッグバン」と形容できる大変革でした。日本の会計基準が国際基準に近づき、海外から見て日本の財務諸表が信用できるものとなってきた一方で、会計基準そのものの難易度は増していると言えます(もちろん会計基準そのもののボリュームも増えましたが)。

特にIFRSについては、そもそも原文が英語であるため、その日本語訳自体が読みにくいことも相まって、会計基準を難しく見せている側面があると思います。また基準そのものの作りとして、原則主義(プリンシプルベース)を採っています。これは、原理・原則を定めて、その解釈や運用は企業に任せる考え方です。一方で従来の日本基準は、詳細な規定や数値基準(ルール)を決めて、それに従う考え方(ルールベース)なので、IFRSを理解するには、日本の会計基準とは違う考え方をまず身に着ける必要がありました。