金融機関は「事業性評価」にどう取り組むべきか
金融庁が主導する「事業性評価」ですが、満足な結果が得られていないようです。背景にあるのは、評価の難しさ。今回は、金融機関が事業性評価をどう実践するか。その分析手法について具体的に解説します。
ビズサプリの三木です。
新型コロナウィルスが勢いを増しており、イベントやセミナーの中止も相次いでいます。そんなニュースで忘れてしまいがちですが、半年すこし前に世間を一番騒がせていたニュースは、吉本興業の所属芸人による闇営業問題でした。今日はその問題を、吉本興業の上場廃止も交えながら振り返ってみたいと思います。
なお、文中の意見は筆者個人の私見であることを予めご了承ください。
2019年6月、雨上り決死隊の宮迫博之氏やロンドンブーツの田村亮氏をはじめ、吉本興業と契約する複数の芸人が詐欺等を行っていた団体の主催する忘年会に参加するなど、反社会勢力に関わる営業行為を行っていたことが明るみに出ました。いまは謹慎していた宮迫氏もYouTuberデビューするなど、騒動としては収束したかに見えます。ちなみに私は宮迫氏のYoutubeチャンネルは見ていませんが、同時期に開始され話題となっている江頭2:50のチャンネルをついつい見てしまっています・・・
今や大多数の会社が反社会勢力には過敏なくらいに神経を使って距離を取っています。そんな中での騒動ですから、芸能界は闇が深いという印象を持たれた方も多かったと思います。吉本興業と反社会勢力の関係は今回が最初ではなく、2011年には島田紳助氏が反社会勢力との交際が発覚して引退する騒動もありました。十分な再発防止策を取っていたのか、上っ面だけだったのでは、といった疑念もわいてきます。
一方で、それほど売れていない芸人の薄給では営業先を選んでいられない事情もあるようです。島田紳助氏や宮迫博之氏くらいメジャーになれば別でしょうが、吉本興業が得るギャラのうち9割が吉本、1割が芸人といった比率では駆け出し芸人は生活ができず、反社会勢力から金銭的に割の良い仕事の声がかかると誘惑に勝てません。つまり、吉本興業のビジネスモデルが反社会勢力との関係を断ちにくい背景というわけです。
世の中に芸能事務所は多数あります。芸能事務所のビジネスモデルは、芸能人と契約する一方で各種広告やテレビなどの営業を行い、また芸能人に対しマネジメント等のサポートを提供し、対価としてギャラの一定比率をもらうものです。言ってみれば営業・マネジメントサービスを提供するサービス業です。
吉本興業も、もちろん営業やマネジメントサービスも提供しています。一方で自ら劇場を持ち、様々な企画を仕掛け、横浜中華街に風変わりな水族館をオープンするなど、単なるマネジメントサービス業らしからぬ積極投資が目立ちます。
一般的な芸能事務所は芸能人に対して裏方なのに対し、吉本興業の場合は自社のネームバリューを高めて、それを求めて芸人が集まってくる構造です。収入が低くても「吉本所属」という肩書が手に入り、吉本の劇場で経験とチャンスをもらえるのは駆け出し芸人にとって大きな魅力です。こうした積極投資を支えるためにメジャーになるまでギャラは会社と芸人で9:1といった比率とも言われており、その比率でも多数の芸人が集まっています。
多くの人は、吉本興業の反社会勢力との関係には眉をひそめつつ、お笑い文化を作ってきた功績は認めているように思います。とはいえ、この構造だと必然的に貧乏芸人が発生しますし、貧乏すらネタにしてハングリー精神を持たせる世界ですから、反社会的勢力の排除を徹底するのは中々大変なことだと思います。
実はかつて吉本興業は上場していましたが、島田紳助氏の騒動の少し前の2009年に上場廃止しています。この際、吉本興業はスクィーズアウトと言われる手法(のひとつ)を用いて少数株主(主に創業家と言われています)を排除しています。
具体的には、(1)吉本に好感を持つ出資者でSPCを設立してTOBを実施、(2)定款を変更して全株式を全部取得条項付種類株式という買い上げ条項のついた種類株式に転換(議決権3分の2の特別決議)、(3) 少数株主に議決権のない単位未満株しか渡らない比率で新株式を対価に全部取得条項付種類株式を買い上げる、(4)上場廃止、(5)SPCと吉本興業が合併、というものでした。
複雑なスキームですが、最終的には(5)の合併によってSPCへの出資者が吉本興業の株主になっており、本質的にはMBO(マネジメントバイアウト)です。TOBの際にはプレミアムを付けて株式を買い上げるため、少数株主を排除するかわりに多額の負債を背負い込んでいることは想像に難くありませんが、それでも株主整理をしたかったのでしょう。
ちなみに全部取得条項付種類株式は倒産状態の会社の迅速な減資などを想定して作られた制度で、吉本興業での使い方は法の主旨とは合いません。明確に違法というわけではありませんが、いくら相応の対価を渡すとはいえ、3分の2の議決権で少数株主を吉本興業の経営から完全に排除することは経営倫理としては疑問が残ります。
このような上場廃止をした吉本興業ですが、結果としては吉本応援団が株主となり、迅速な経営判断ができるようになったとも言えます。常に説明責任がついて回る上場企業と比べ、積極投資にせよ思い切ったギャラ配分にせよ、ガバナンスを気にしすぎずに伸び伸びと経営できるのは非上場企業の強みではあります。
吉本興業の上場廃止から10年強で様々な事件が起き、企業経営は大きく変わりました。オリンパスの粉飾決算事件が2011年、東芝の不適切会計が2015年、東洋ゴムの試験データ偽装が2015年で、コーポレート・ガバナンス・コードができたのも2015年です。今やコンプライアンスができていない企業は市場から排除されますし、非上場であっても社会の公器である認識が必要で、説明責任や社会的責任を負う世の中になっています。
昨年の吉本騒動では、「芸人との契約を書面にしない」「反社会的勢力との排除はまずは芸人の自助努力」といった企業姿勢が目立ち、無責任であると批判を浴びていました。しかしながら、ここ10年間での経営環境の変容を思えば「無責任」というより「時代遅れ」であり、上場廃止以降は吉本応援団の株主の下で、外部の空気の変化に気づきにくかったようにも思えます。
特に吉本興業の場合は、その知名度もさることながら、SDG’sへの積極的な取り組み等で政府とも協力した関係を築いてきたこともあり、単なる非上場企業以上の認識が必要でした。
迅速性や思い切りといった非上場企業の強みを手にしつつ、上場廃止で口うるさい人が減り、ビジネス環境に対する感度が鈍っていたのなら、上場廃止の功罪が表れてしまったとも言えます。
今や非上場であってもガバナンスやコンプライアンスに無関心ではいられません。
宮迫博之氏や田村亮氏の騒動を、「株価を気にしなくていい。上場廃止しておいてよかった」と捉えているのか、「対策が後手になってしまった。上場廃止するんじゃなかった」と捉えているのか、意識改革は一日一朝にはできません。
日本のお笑い文化の中核を担う企業として、吉本興業には今後も末永くお茶の間に豊かな笑いを届けていただくべく、意識改革をじっくりしっかり進めて欲しいと思っています。
文:三木 孝則(ビズサプリCEO 公認会計士)
株式会社ビズサプリ メルマガバックナンバー(vol.111 2020.02.26)より転載
金融庁が主導する「事業性評価」ですが、満足な結果が得られていないようです。背景にあるのは、評価の難しさ。今回は、金融機関が事業性評価をどう実践するか。その分析手法について具体的に解説します。
2019年1月施行の改正開示布令で、役員報酬ので固定部分、短期・中長期の業績連動部分については具体的に有価証券報告書に記載しなければならなくなりました。
今回の会計コラムでは、「収益認識に関する会計基準」における価格の扱いと、商品やサービスの値決めについて取り上げます。