トップ > 調べる・学ぶ > M&A実務 > 会計コラム >不正のトライアングル(動機・機会・正当化)について考える

不正のトライアングル(動機・機会・正当化)について考える

※この記事は公開から1年以上経っています。
alt

不正のトライアングル(動機・機会・正当化)と対応について考える

こんにちは。ビズサプリの辻です。本日は「動機」を含めた不正のトライアングルと対応について考えていきたいと思います。

1. 動機とは何か

「動機」とは『行動を起こす、あるいは行動を方向づける要因そのもの』を言います。またある要因から、行動を起こすまでの過程を「動機付け」と言います。ビジネスの世界では、働く人の「動機付け(モチベーション)を高めることが重要だ」ということで、様々な取り組みが行われてきました。

例えば、業績連動報酬などはモチベーションを高めるための施策として多くの企業が実施してきました。「頑張って業績をあげれば、報酬が多くもらえる」ということでやる気が起きるというわけです。このようなある行動の要因が、評価や賞罰等他の人が作った刺激によっておこるような動機付けを「外発的動機付け」といいます。

一方で、「内発的動機付け」というものがあります。これは、心の中から沸き起こってくること、例えば興味、関心、意欲等が行動の要因になるものをいいます。走る人の動機付けは一部のプロランナーを除けば「内発的動機付け」から生じているでしょう。

2. 不正のトライアングル

「動機」は善悪に関わらず行動の元となるものですが、内部統制や内部監査に係わる方であれば、不正のトライアングル(三角形)の一つを構成する要素として動機(プレッシャー)という言葉を思い浮かべる方も多いのではないかと思います。多くの不正・不祥事の事件が起こるたび、「業績のプレッシャー」「納期厳守のプレッシャー」といった言葉で不正の要因が説明されるのをお聞きになった方も多いかと思います。

「不正のトライアングル」とは、クレッシーという学者が1940年代の博士論文の中で、ホワイトカラー犯罪を犯した人には次の3つが当てはめられるとしたものです。

・他人に打ち明けられない問題(動機・プレッシャー)
・機会の認識
・正当化

「他人に打ち明けられない問題」とは、例えば次のようなものがあります。

・個人的な失敗に起因するもの(ギャンブルによる借金)
・地位獲得への要望
・業況の悪化
・果たすべき義務違反

「機会の認識」とは、「自分が不正行為を起こせる立場にある」と認識をしたうえで、それを実行できる能力があるということです。例えば自分が承認者の立場にあり、不正支出が行える等がこれにあたります。

「正当化」とは、その不正行為をすることに対して「犯罪ではない=致し方ない」と思うことです。例えば「自分だけがやっているわけではないんだ」「誰にも迷惑をかけない」といった心の動きになります。(以上 不正のトライアングルについてはACFE不正検査士マニュアルより抜粋)

最近報道されている様々な不正・不祥事事件について、その要因について当てはめて考えてみると、よく整理できるかと思います。

3.『機会』のみに着目した対応の限界

不正のトライアングルが揃ってしまうと不正の要因になるのであれば、揃わないようにすればいいと考えることができます。これまでの不正対応では、『動機』や『正当化』は、それぞれ個人の心の動きであるため、企業としてはコントロールすることが困難と考え、『機会』をなくす、つまり不正行為を起こさせないような牽制や管理を行っていくことで不正や不祥事を減らしていくということを中心に実施してきました。

この対応は、業務上横領などの個人の金銭的な動機を満たすものなどは一定程度の効果があります。一方で、連日国会で議論されているような「統計不正」や、昨年多くの大企業で発覚した「品質データ改ざん」といったような、「社会全体から見れば間違っていることが組織内の論理で淡々と長年実施されているの不正・不祥事」に対しては限界があります。むしろ、様々な管理が強化されることで、実務上到底守り切れないような複雑で細かいルールがあることで、ルール自体が形骸化していき、「ルール軽視の風土」が根付いてしまった結果起こった不正であるように思います。

ちなみに、統計不正については、「全数調査は企業からの苦情が特に多く、大都市圏の都道府県からの要望に配慮する必要があった」と担当課のみで統計手法の変更の判断をしたといい、その後も「統計の方法が不適切(ルールとは異なる)ということは認識していたが、安易に前例を踏襲していた。」「不適切な方法とはわかっていたが、誤りを改めることに伴う業務量の増加や煩雑さを避けたいという動機から放置した」とあります。(日本経済新聞1月23日 朝刊、2月28日 電子版より抜粋)

動機も正当化の要素もぼんやりしていますが、「ルール軽視風土」が動機や正当化の背景にあったことは間違いないように思います。

4.『正当化』に働きかける自尊心

それでは、「ルール軽視の風土」を打破して、不正・不祥事が起きないためには何に気を配ればいいのでしょうか。まずは、それぞれ個人が、職業的な自尊心を持つことです。少し古い実験結果になりますが、「個人的、組織的な違反と職業的自尊心」には逆相関関係がある、つまり、自分の仕事が社会に認められている、上司から認められると思う自体で違反行為が減るという実験結果があります。(「組織健全化のための社会心理学」岡本浩一、今野裕之著)自分の仕事に誇りを持っていれば、その仕事を侮辱するような「ずるい行為」は自ら思いとどまることができるというわけです。

細かく行動をチェックされ、ルール違反に都度罰則が科されるような組織に職業的な自尊心が育つとは思えません。経営者は、自分たちの組織が何で社会に貢献していくのかということを「経営理念」や「経営目標」といった形で常に発信し続け、組織のメンバーは、共通の目標として共感し、常に判断の軸として持っておくことが必要です。皆さんの属している組織は、このようなことが語れており、それが様々な意思決定の場で実際に判断の軸になっているでしょうか。このような判断の軸を持つことで、『正当化』を防ぐことができることになります。

5. 不正予防だけが目的ではない

職業的自尊心には、仕事に対する「エンゲージメント」が強く関連します。エンゲージメントとは仕事に対する「熱意」「積極的に関わる姿勢」を言います。あるコンサルティング会社が行った仕事に対するエンゲージメントについての調査によると日本人の仕事に対するエンゲージメントはG8で最下位だったそうです。例えば、下記のような結果が出ています。(アデコ株式会社HPより転載 タワーズワトソン「グローバル・ワークススタディ2012」)

・「私は会社の目標や目的を大いに信じている」という問いについて、「そう思う」と答えた割合は、グローバル平均が68%だったのに対して日本企業は38%

・「私はこの会社で働くことを誇りに思う」という問いについては、「そう思う」と答えた割合は、グローバル平均は72%だったのに対して日本企業は47%

長時間労働も厭わず、仕事熱心な日本人像とは異なり、仕事に対して非常にドライで冷めた本音が見えてきます。日本人が勤勉で愛社精神があり、積極的に熱意をもって仕事をしているのではなく、不満を抱えながらも会社に留まっている人も多いということを示しいるように思えます。

仕事の自尊心を持ってもらう事、そのベースとなる仕事に対するエンゲージメントを高めてもらうこと、これらは一朝一夕にできることではありません。

例えば、最近は従業員満足度調査(ES調査)を実施してる会社が多いと思いますが、この結果を顧客満足度調査(CS調査)と同じ真摯さで受け止めて対応をとっている会社はまだ少ないのではないでしょうか。また、業績報酬などの外発的動機付けだけでは仕事に対する自尊心やエンゲージメントが高まるわけでもありません。内発的な動機付けに働きかける施策の方がむしろ重要となってきます。そのような働きかけを継続的に行っているでしょうか。

自分の仕事に誇りを持った個人によって構成される組織の方が、上司の指示や前例になんとなく従い、波風立てないよう気を配っている組織より生産性高く、そして持続的に成長することは明らかです。そしてこのような強い個人が構成している組織になることで結果的に不正・不祥事予防につながることになるのです。

「ES調査を形式的に実施する」「人手不足だから働く人を大切にする」のではなく、「強い企業になるために働く人を大切にする」といった意識で採用、人材育成、人事評価基準、業績評価そして内部統制を再考していく必要があるように思います。

本日も【ビズサプリ通信】をお読みいただき、ありがとうございました。

文:株式会社ビズサプリ メルマガバックナンバー( vol.092 2019.3.6)より転載

NEXT STORY

アクセスランキング

【総合】よく読まれている記事ベスト5