「TOKYO2020」イヤーの今年に、創業100年の節目を迎える企業は1458社を数える(東京商工リサーチ調べ)。1920(大正9)年生まれを代表する企業をピックアップし、そのルーツを探ってみると。

100年前の日本はといえば、自由主義的な思潮が盛り上がった大正デモクラシーのただ中にあり、時の政権を率いたのは“平民宰相”と呼ばれた原敬。明治神宮が創建され、国勢調査も始まった。世界に目を向けると、国際連盟が設立され、第一次世界大戦後の枠組みを定めたベルサイユ条約が発効した。

1920年組の筆頭は「東洋コルク工業」マツダ

そうした時代のうねりの中、産声を上げた企業のうち、売上高が最も大きく、筆頭格といえるのがマツダだ。2020年3月期の売上高予想は3兆5000億円。世界的にも中堅自動車メーカーとして確固たるポジションを築いている。

マツダのロゴ

マツダは東洋コルク工業として始まった。断熱材や緩衝材に用いるコルクを製造していたが、工場が火災で全焼。そこで機械工業での再起を期して1927年に東洋工業に改称。単車や三輪トラックの製造に着手し、戦後、乗用車に進出した。技術の先進性で知られ、自動車史に輝くロータリーエンジンで一世を風靡した。

1984年にブランド名に合わせて「マツダ」(MAZDA)に社名を変更した。マツダは事実上の創業者・松田重次郎の姓とゾロアスター教の主神アフラ・マズダーに由来する。

「羊華堂洋品店」が始まり…イトーヨーカ堂

イトーヨーカ堂はセブン&アイ・ホールディングスの中核会社。スタートは東京・浅草に開業した「羊華堂洋品店」。創業者の吉川敏雄(伊藤雅俊名誉会長の叔父)がヒツジ年生まれだったことと、当時銀座で繁盛していた洋品店の名前から「華」の字を拝借したことに由来する。1958年にヨーカ堂、1971年にイトーヨーカ堂に社名を改めた。

1973年に、米国から外食レストラン「デニーズ」、コンビニ「セブンイレブン」を日本に相次いで導入したことが特筆される。

流通系では近鉄百貨店も1920年組。京都駅前に開業した「京都物産館」(後の丸物百貨店)を発祥とする。現在の近鉄百貨店は2001年、旧京都近鉄百貨店が旧近鉄百貨店を吸収合併して発足したが、旧京都近鉄の前身が京都物産館という関係にある。

同じ近鉄グループでは鉄道車両メーカーの近畿車輌も今年100年。田中車輌工場として創業し、1945年に近鉄傘下に入り、現社名になった。

カーオーディオ大手、デンソーテンの前身は無線機や真空管を製造する川西機械製作所。戦後、富士通と合併後、分離独立して富士通テンを経て、2017年にデンソーの子会社になった。自動車用ランプのスタンレー電気は北野商会として創業した後、1933年から現在の社名に。アフリカ探検で知られる冒険家ヘンリー・モートン・スタンレーに由来する。

リンナイ、2人の創業者から「林内」と名づける

給湯機器などガス器具トップのリンナイは「林内商会」としてスタートした。2人の創業者、内藤秀次郎(初代社長)と林兼吉(2代目社長)にちなんだ。

横浜市で旗揚げしたコーヒー商「木村商店」が今日のキーコーヒー。ロゴにキー(鍵)を採用したのは創業8年後の1928年で、以来、同社のシンボルとなっている。1989年に社名もキーコーヒーに改称した。同社は傘下に、レストランのイタリアントマトや洋菓子のアマンドを子会社に持つ。

キーコーヒーが展開する「KEY’S CAFÉ (キーズカフェ)」

ゼットの創業時の名前は渡辺梁三商店。袋物、靴などの製造を始め、戦後、運動用品に本格進出した。ゼットの社名は創業60年の1980年から。アルファベットの最後のゼットは不退転・最高・最新などの意味合いを持つ。

化学メーカー、石原産業の場合は南洋鉱業公司。創業者の石原廣一郎がマレー半島での鉱山開発を目的に設立したことに始まる。

◎1920年生まれの主な企業(東京商工リサーチの調査を参考に作成)

社名本社創業時の社名
マツダ 広島東洋コルク工業
イトーヨーカ堂 東京羊華堂洋品店
近鉄百貨店 大阪京都物産館
横浜銀行 神奈川横浜振興銀行
デンソーテン 兵庫川西機械製作所
スタンレー電気 東京北野商会
リンナイ 愛知林内商会
荒井商事 神奈川荒井源太郎商店
中央物産 東京上州屋
石原産業 大阪南洋鉱業公司
明治電機工業 愛知明治商会
高砂香料工業 東京高砂香料
キーコーヒー 東京木村商店
シモジマ 東京下島商店
近畿車輌大阪田中車輌工場
ゼット 大阪渡辺梁三商店
片倉コープアグリ 東京日支肥料