バリュエーションを考える 平時におけるバリュエーションのすすめ

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ROIC経営と企業価値

なぜコーポレートガバナンス・コードは、WACCとROICを意識した経営を求め、オムロンはROICと売上高成長率の2軸で経済価値を評価しているのか。

それは、会社は投資家からキャッシュを調達し、それを投資することによって、より多くのキャッシュを生み出し、投資家に価値を創造するが、創造される価値は、事業活動から生み出すキャッシュから投資額を差し引いた額に等しいため、その大きさはROICと売上高成長率をどれだけ維持できるかで決まり、ROICがWACCを上回ったとき(ROIC>WACC)のみ、会社は価値を創造できるからである。

すなわち、WACC、ROIC、そして売上高成長率は、企業価値のキードライバーであるため、これを意識することは企業価値を意識することに繋がるからである。

オムロンのROICは10年間平均値で10.3%であるが、これは2012年以降、想定資本コストの6%を上回って推移している。

出所:オムロン株式会社「統合レポート2021 To improve lives and contribute to a better society」(2021年3月期)26頁

注目すべきは、現場の変化である。CFOは「統合レポート」で以下のように述べている。

・まずは現状の数字に基づいて議論し、問題点は何か、いかに改善していくのかを考える。

・次いで、ハードルレート(想定資本コスト6%にスタッフ部門などのコストを加えた10%)をクリアするには、どのようなマイルストーンや施策が必要になるのかを記した行動計画を作成・説明する。

・ROICを共通言語とした議論を毎年繰り返す中で、「この事業の問題は自分たちで十分解決できる」、「どこかと提携する」、もしくは「譲渡するのが賢明である」といった冷静かつ現実的な意見が自然に出てくる。

・全社のポートフォリオの視点から、事業のリポジショニングや組織再編などが検討されるようになる。

今後は、ROICでは示せない将来の成長性につながる価値の指標化への議論を行うという。

「平時」におけるバリュエーション

このように、わが国の会社は、「平時」で企業価値を意識した経営をせず、「有事」で初めてバリュエーションせざるを得ないケースが多い。しかし近年、上場会社、非上場会社を問わず、株主の活動が活発化している。したがって、「平時」でバリュエーションを行い、企業価値を意識した経営を行うことを真剣に考える時期がきているように思われる。

そのバリュエーションは、わが国でも普及しているエンタプライズDCF法(Enterprise Discount Cash Flow method)が適していると思われる。なぜなら、ROIC経営は、将来の目標を設定し、そこから立ち戻って現在のPDCAを考えるバックキャスティング(Backcasting)アプローチであるところ、エンタプライズDCF法は将来のフリー・キャッシュフロー(Unlevered Free Cash Flow:FCF)を予測し、その現在価値を求めるアプローチであり、かつ、WACC、ROIC、売上高成長率が包含されているアプローチであるからである。

具体的には、以下のプロセスが考えられる。

    ① 過去の財務諸表を再構成し、ICとNOPLATを計算した上で、NOPLATから純投資額(営業用資産への新規投資から減価償却や除却により減少した資産を差し引いた数字)を減算したFCFを計算する。
    ② NOPLATを支払利息・のれん償却費等営業外損益および税引前利益(Earnings Before Interest Taxes and Amortization: EBITA)×(1-現金ベースの税率)と置き換えて税引前のROICを計算した上で、営業利益率と資産回転率に分解し、時系列変化や競合他社との比較を行い、バリュー・ドライバーを抽出する。
    ③ バリュー・ドライバーから将来の財務諸表をシミュレーションし、予測FCFをWACCで割り引き、事業価値を算定した上で、非事業用資産を加算、有利子負債を減算し、潜在的な株式価値と目標とする株式価値を算定する。
    ④ 目標とする株式価値を実現するためバックキャスティングによる事業計画を策定し、現場でPDCAする。
    ⑤ ①乃至④を通じて、アドバイザーとのコミュニケーションを深める。

    DCF法は、投資をFCFに反映させる長期予測が必要であるため、不確実性があり、アクティビスト株主は、高値での売却が目的であるため、「正しい」価値ではなく、他の株主による市場での期待値(Market implied)に関心があるかもしれないが、この「平時」におけるバリュエーションが「有事」における経営判断を左右するように思われる。

    <参考文献>

    鈴木一功(2018)『企業価値評価 入門編』(ダイヤモンド社)

    田中亘(2021)「会社裁判におけるバリュエーションの課題」鈴木一功=田中亘編著『バリュエーションの理論と実務』(日本経済新聞出版)9-24頁

    Koller, Tim et al., McKinsey & Co. (2020) VALUATION: Measuring and Managing the Value of Companies (Wiley, 7th ed.).

    文:吉村一男

    吉村一男 (よしむら・かずお)

    フィデューシャリーアドバイザーズ 代表
    上場事業会社、大手証券会社の投資銀行部門を経て、現職。平時の株主価値向上のコンサルティング業務、株主総会におけるアドバイザリー業務、M&Aにおけるアドバイザリー業務、投資業務などに従事。早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター(WBF)の招聘研究員に嘱任し、企業法とファイナンスに関する研究に従事。著書は、「構造的な利益相反の問題を伴うM&Aとバリュエーション―理論と裁判から考える現預金と不動産の評価―〔上〕〔下〕」旬刊商事法務2308号・2309号(共著、2022年)、「米国の裁判から示唆されるわが国のM&Aプラクティス」MARR330号(2022年)、『バリエーションの理論と実務』(共著、日本経済新聞出版、2021年・第16回M&Aフォーラム正賞受賞作品)、『論究会社法‐会社判例の理論と実務』(共著、有斐閣、2020年)など多数。

    フィデューシャリーアドバイザーズ HP(https://fiduciary-adv.com/


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