M&A法制を考える M&A市場発展への3つのハードル

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ハードル③ 株主権のエンフォースメント・メカニズム

3つ目は、日本は、取締役会や会社役員が会社売却に関連して株主の最善の利益のために行動しない場合に、その責任を問う強力なエンフォースメント・メカニズムが欠如していることである。

一部のアクティビスト株主は、紛争性のあるM&A取引に関して、取締役会の決定に異議を唱えるために日本の裁判所で訴訟を起こすが、そのような株主は、「個人ベースの訴訟」を起こす必要がある。そのため、そのような訴訟の金銭的コストをすべて負担することになる。また、日本の集団訴訟の制度は、一定の資格を有する消費者団体が提起するものであり、救済措置が差止命令による救済に限定されているため、投資家に広く利用されるには至っていない。

これに対し、米国では、受託者責任違反や証券取引法違反の主張に対して「集団訴訟(class action lawsuits)」を認める制度があり、独立した積極的な原告の弁護団と一体になって、たとえ個々の株主が訴えを起こすことが経済的に効率的でない場合でも、矛盾した行動を取り締まる枠組みが提供されている。例えば、2018年は、1億ドル以上の公開M&A案件の82%が株主訴訟の対象になっている。

もちろん、米国におけるM&A集団訴訟は、批判の対象になっており、デラウェア州裁判所は、いわゆる「開示のみ」の和解(株主が被告取締役から補足的情報開示を受け、多額の報酬を受け取り、被告取締役は将来の権利放棄を確保する和解)を制限した。しかし、矛盾したM&A取引における企業の取締役会の行動を修正する上で重要な役割を果たし、一般株主にとってより好ましい結果をもたらす可能性が高いことは否定しがたい。

近年の日本のM&Aは、コーポレートガバナンス改革を背景に増加しているが、日本経済が直面する長期的な課題を考えると、継続的な改善が強く求められている。3つのハードルは簡単に越えられないかもしれないが、日本のM&A市場がより強固になれば、日本企業の資産が生産的に活用され、日本経済全体にとっての価値が引き出されることになるかもしれない。

<参考文献>

・宮島英昭=齋藤卓爾(2019)「アベノミクス下の企業統治改革:二つのコードは何をもたらしたのか」RIETI Policy Discussion Paper Series 19-P-026

・ISS (2022)Insights, Japanese Companies Register Progress on Board Independence and Diversity (April 21).

・Iwakura, Masakazu et al.(2022) The Securities Litigation Review: Japan (May 22).

・Lebrun, Kenneth J. and Lee, Paul (2022) The evolving market for corporate control in Japan, The M&A Lawyer 26(7), 14-22.

・PWC (2019) Strategy&, 2018 CEO Succession Survey (June).

・Recof Japan (2022)Information of cross-border M&A market (January 14).

・Willis Towers Watson (2020) CEO pay landscape in Japan, the U.S. and Europe: 2020 analysis (December 9).

文:吉村一男

吉村一男 (よしむら・かずお)

フィデューシャリーアドバイザーズ 代表
上場事業会社、大手証券会社の投資銀行部門を経て、現職。平時の株主価値向上のコンサルティング業務、株主総会におけるアドバイザリー業務、M&Aにおけるアドバイザリー業務、投資業務などに従事。早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター(WBF)の招聘研究員に嘱任し、企業法とファイナンスに関する研究に従事。著書は、「構造的な利益相反の問題を伴うM&Aとバリュエーション―理論と裁判から考える現預金と不動産の評価―〔上〕〔下〕」旬刊商事法務2308号・2309号(共著、2022年)、「米国の裁判から示唆されるわが国のM&Aプラクティス」MARR330号(2022年)、『バリエーションの理論と実務』(共著、日本経済新聞出版、2021年・第16回M&Aフォーラム正賞受賞作品)、『論究会社法‐会社判例の理論と実務』(共著、有斐閣、2020年)など多数。

フィデューシャリーアドバイザーズ HP(https://fiduciary-adv.com/


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