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LINEが名付け親、今秋オープン「渋谷公会堂」の通称が決まる

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完成が近づく渋谷公会堂(東京・宇田川町、撮影5月15日)

今年10月に4年ぶりに新装オープンする渋谷公会堂(東京都渋谷区)の通称が「LINE CUBE SHIBUYA」に決まった。名付け親は昨年12月に命名権(ネーミングライツ)を得ていた通信アプリ大手のLINE。命名権の使用期間は6月1日から2029年3月31日までの約10年間。オープン後のこけら落とし公演は3人組の人気女性ユニット、Perfumeが務める。

東京厚生年金会館、中野サンプラザと並ぶ“御三家”

渋谷公会堂はかつて中野サンプラザ(東京都中野区)、東京厚生年金会館(東京都新宿)と並んでコンサートホールの“御三家”と呼ばれ、全国的な知名度を誇ってきた。しかし、東京厚生年金会館は2010年に閉館し、中野サンプラザは2024年度にも解体され、跡地にアリーナを中核とする複合施設を建設する計画が進行している。そうした中、音楽ファン待望の新生・渋谷公会堂がいよいよ帰ってくる。

渋谷公会堂は渋谷区が所有し、その運営にあたる指定管理者は公募の中から大手芸能事務所のアミューズを中心にLINE、パシフィックアートセンター(東京都中央区)の3社で構成する「渋谷公会堂プロジェクトチーム」が選ばれた。これに併せて、LINEは命名権を取得した。命名権に関する年間契約金は1億2000万円。

旧渋谷公会堂時代は2006年10月から5年間、サントリーフーズが命名権を得て、同社の炭酸飲料の商品名を冠した「渋谷C.C.レモンホール」を通称としていたことがある。旧渋谷公会堂は2015年10月に閉館。沢田研二がそのラストコンサートを務めた。

建て替え工事は現在、最後の仕上げに入っている。オープン予定は10月13日。定員は1956人で、1階1180席(オーケストラピットを含む)、2階424席、3階352席。1階席に車椅子スペース12台分を用意する。

渋谷公会堂が開業したのは東京五輪が開かれた1964(昭和39)年。重量挙げ競技会場となり、五輪後にコンサートホール(定員2084人)として本格始動した。

戦後設置された在日米軍施設「ワシントンハイツ」(米空軍の兵舎・家族用宿舎)の跡地に、国立代々木競技場、NHK放送センター、渋谷区役所などとともに建設された。その一角は代々木公園としても整備された。

「LINE CUBE SHIBUYA」は定着するか

中野サンプラザ

1961年、新宿にオープンしたのが後にライバルとなる東京厚生年金会館。定員2062人で、大規模公共ホールの先駆けとなった。1973年には、やはり2000人規模収容の中野サンプラザがお目見えした。昭和の時代、コンサートホールの「3強」を形成し、国内外の著名アーティストの公演や若手・新人の登竜門としてシノギを削った。

2010年に閉館した東京厚生年金会館の跡地には家電量販店大手、ヨドバシカメラの本社が建つ。一方、中野サンプラザはもともと旧労働省系の法人が所有していたが、曲折を経て現在は中野区の傘下にある。中野サンプラザも区の大規模再開発で数年後に姿を消すことが確定的になっている。

渋谷公会堂は今秋の新装オープンを待つだけとなったが、果たして、往年のビッグネームを押しのけ、「LINE CUBE SHIBUYA」の新名称が定着することになるのか。

文:M&A online編集部

M&A Online編集部

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