正論が歪むとき

 M&A(合併、買収)で生まれる説明責任。たとえば従業員に対して説明会を開くとしましょう。そこでなにをどう話すのか。話すべきことはかなりたくさんあります。M&Aに至った経緯、その理由は当然です。相手側はどのような企業であるのかを紹介し、そのほか、思いつくだけでも……。

 雇用は維持されるのか、勤務内容、勤務地、雇用条件、賃金、評価方法、福利厚生といった従業員の一番知りたいことを説明します。

 さらに、社長を含め現経営陣がどうなるのか、現在の取引先との関係はどうなるのか、といった今後の営業で変化するところ、変化しないところを説明していきます。加えて、将来事業がどうなっていくのかビジョンを示す必要もあるでしょう。

 こうした説明をするにしても、その場で語るだけで説得力を高めることは困難です。日頃からしっかりとした言動、姿勢を見せておきたいものです。それがいわば人間力であり、日頃から発せられる言葉の積み重ねが、いざというときに強さを発揮します。

 佐藤一斎の『言志四録』は、人間力を高めていく言葉がたくさんあります。その中から、説得力に結びつく言葉をいくつかあげてみましょう。

事を処(しょ)するに理有りと雖(いえど)も、而(しか)も一点の己れを便(べん)するもの、挟(さしはさ)みて其の内に在れば、則ち理に於て即ち一点の障碍を做(な)して、理も亦(また)暢(の)びず。(『言志録』183 私心を挟むな)

●私心と正論

いくら自分の取る方法が正しいとしても、そこに自分の利益を優先する気持ちがわずかでも含まれていたら、正しいことも通らない場合がある。

 自分の利。だれでも自分の利益は大切です。私心がまったくないわけがないでしょう。ただ、自分の利益だけしか考えていないのなら、そこから出た言葉が、他者に響かないこともあるのです。

 もちろん、ビジネスでは自分にもなにかしらの利益はあるのが当たり前。だけど、それだけでは相手は納得できないのです。いくら論理的に正しいとしても、結論としてはそれしかないのだとしても、そこだけで押し通すことで説得することはできないのです。

 日頃から、自分の利と正論を組み合わせて相手を説得しようとしている態度が目立つと、いざというときにも相手は疑ってかかるはずで、正論のエビデンスがどれほど正確だとしても、感情的な反発を残すことになります。

 私利がメインになると、正論でさえも歪むのです。せっかく「これしかない」という正しい道を提示しても、誰から、どのような人からそれを聞くかによって、受け止め方が変わってしまいます。

 もしも自分にその力がなければ、誰か私心の少ない人から説得をしてもらうのも手ですが、そのときリーダーシップは傷ついてしまう可能性があるので、慎重な対応が必要となります。