明治維新、さまざまな思いを抱いて行動した幕末の志士たちに大きな影響を与えた人物に、佐藤一斎がいます。その佐藤一斎が綴った『言志四録』から、現代の私たちが学ぶべき点について見ていきましょう。

一斎の考える学問とは

『言志四録』は、『言志録』『言志後録』『言志晩録』『言志耋(てつ)録』から成り、全部で1133条もの言葉が綴られています。一斎は42歳から82歳まで執筆していました。原文は漢文です。

 たとえば、一斎は孔子の教えについて「文行忠信」「詩書執礼」と簡潔にまとめています(『言志後録』4 儒教の本領)。つまり、孔子の教えは、書を学び、それを行動に移し、心を尽くし、信義を通すことを説き、詩経や書経の精神を知り、礼に基づいて執り行うことを求めていたとします。一斎はさらに、こうした考えはただ学ぶのではなく行動が大事であり、だからこそ『論語』に学び行動した者たちは、それぞれに応じた能力を存分に発揮してきたのだ、としました。

 さらに一斎は、学問は人を活かすためのものであり、「できる人」と「できない人」を分けるためのものではないとしています。能力の差はあるとしても、学ぶことによってその人として大成すればよい。これが、一斎の考えでした。このため、人を「できる/できない」に分けるだけの学問となってしまうことを批判していたのです。

 このことから、学問は誰にとっても自身のポテンシャルを最大に発揮するための道であるとしています。そこに優劣はなく、さらにただ学ぶのではなく行動に移すべきであることを教えていたのです。

佐久間象山も吉田松陰も、さらに西郷隆盛も…

 87歳まで生きた一斎の門下生は3000人規模だったとされ、山田方谷、佐久間象山、渡辺崋山など多数の英才が育っていきました。その影響は吉田松陰、勝海舟、坂本龍馬、伊藤博文、西郷隆盛らにも及びます。西郷隆盛は教育者としても知られていますが、自身で膨大な『言志四録』の中から101条を選び出し座右の銘としていました。

 よく学び、そして行動した人たちのなんと多いことでしょう。一斎の言葉には、人を行動へと駆り立てる力があるのです。それが、渋沢栄一はもとより明治時代以降の多くの企業人たちが、座右の書としてきた理由です。

『言志四録』にある言葉は起業、経営、M&A(合併・買収)、さらにIPO(新規株式公開)をめざす企業家の皆さんの心にも響くはず。維新の志士にも思いを馳せ、学び、そして行動する契機となるのです。

急事を急がない「錯慮」

 今回選んだ言葉は「錯慮(しゃくりょ)」です。

凡(およ)そ人の宜(よろ)しく急に做(な)すべき所の者は、急に做すことを肯(がえん)ぜず、必ずしも急に做さざる可(べ)き者は、卻(かえ)って急に做さんことを要(もと)む。皆錯慮(しゃくりょ)なり。(『言志後録』15 急事を急がない錯慮)

 この言葉、現代語に勝手に解釈すれば、こうなります。

●急ぐべきことを急げ

どういうわけか人間というものは、急ぐべきことを急がず、なにも急いでやる必要のないことを急いでやろうとする。間違った考え方に陥りがちだ。

 一斎は、このあとに「学問は、明日学べばいい、というものではない。怠けずに急いで学ぶべきだ」としています。