前回のコラムで1492年にスペイン王国から追放されたユダヤ教徒の多くが、ポルトガルやイスラム圏に逃避した理由と背景を述べた。その後のオランダでは新興宗教プロテスタントを信じる人々が、スペインからの独立という挑戦を試みる。
これを見て宗教と商業に対して、より寛容な風土を求める欧州のユダヤ教徒たちがオランダに集結していくことになる。今回、オランダが東インド会社設立に至る前夜までの流れをさらに追って行こう...
イベリア半島を舞台とし、スペインキリスト教国家の中で人生を翻弄されたユダヤ教徒の人々の足跡を追ってきた本コラム。1492年、ついにスペインを追放されたユダヤ教徒の一部は16世紀以降オランダに集結。近代の「幕開け」に立ち会っていくことになる。
ユダヤ陰謀論を流布したフェイク本「シオン賢者の議定書」に触発され、これを自らの信念の実現に大いに利用できると考えた男が、ドイツ帝国で急速に台頭する。アドルフ・ヒトラーだ。ヒトラーが率いたナチスドイツは「積極的キリスト教」運動を展開する。
スペインに渡ったユダヤ教徒たちは、どのようにして経済的に自立し、定住したのか。そして、どのような経緯で、金融の発展に関わっていくことになるのか。今回から本題となるユダヤ教徒と企業金融(コーポレートファイナンス)の歴史について触れていきたい。
投資ファンドは「1株1議決権」を前提として、株主権を存分に行使してリターンの最大化を目指す。ある意味、米国株主資本主義を究極まで純化した存在といえる。その投資ファンドが自らは一般株主の権利を著しく制限する特殊な議決権構造を採用しているのだ。